学び!とシネマ

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Maikoマイコ ふたたびの白鳥
2016.02.19
学び!とシネマ <Vol.119>
Maikoマイコ ふたたびの白鳥
二井 康雄(ふたい・やすお)

 外国で活躍する日本人の女性バレリーナは多くいるが、ドキュメンタリー映画「Maikoマイコ ふたたびの白鳥」(ハピネット、ミモザフィルムズ配給)に登場する西野麻衣子もその一人。麻衣子は大阪生まれ。小さい頃から踊るのが大好きで、6歳からバレエを習いはじめる。1996年、15歳でイギリスの名門、ロイヤルバレエスクールに留学する。これだけでもたいへんなことである。本人の才能や努力に加えて、家族をはじめ、周辺の理解、協力がなければ出来ないことだろう。
 1999年、麻衣子は19歳で、オスロにあるノルウェー国立バレエ団に入る。2005年、このバレエ団で、東洋人としては初めて、プリンシパル(バレエ団で、主役を踊る最上位のダンサー)に抜擢され、「白鳥の湖」の主役を踊る。2008年、新国立オペラハウスのこけら落とし公演では、ジリ・キリアンの振付で、モダンバレエの「ワールド・ビヨンド」を踊る。

 映画は、麻衣子の幼いころからのビデオ映像をまじえて、留学時の苦労から、キャリアを積み重ねていく過程を描いていく。麻衣子のバレリーナになる夢を後押ししてくれた母親の衣津栄が、しばしば登場する。麻衣子が今日あるのは、ひとえに尊敬する母親のおかげと信じている。このお母さんの大阪弁が、いい。「くじけたらあかんで」、「すぐに諦めて投げ出しなや」などなど、ホームシックにかかった留学中の麻衣子を叱咤激励する。
 やがて麻衣子は、オペラハウスの音響、映像監督の二コライ、通称ニコと結婚する。共働きで、麻衣子を育てたキャリアウーマンの母親の背中を見て育った麻衣子である。母親の言葉に耳を傾ける。「なにもトップでなくてもええやないか。そろそろ自分の人生を考えや」。いつか母親になりたいと願っている麻衣子は、出産を決意する。

 バレエの現場は厳しい。出産のブランクは大きい。出産そのものについては、周囲の理解があり、喜んでくれるが、舞台への復帰は完全に実力である。才能ある若いダンサーたちが、たくさん、控えている。いくらプリンシパルといえども、妊娠中は踊れない。アメリカから来た代役の女性が、ストラビンスキーの「火の鳥」を踊る。身重の麻衣子は、複雑な想いでステージを見ている。
 やがて男の子を出産。麻衣子は現場復帰を願う。ニコは育児休暇をとるなどして、全面的に協力してくれる。出産の前後では体型がかなり異なる。麻衣子は、猛烈に体つくりに励む。復帰作に「白鳥の湖」を選ぶ。もう、7ヵ月しかない。芸術監督は、「代役を立てることもありうる」と告げる。すべて、実力の世界である。
 ノルウェーという国の、福祉をめぐる政策を少し調べてみた。出産に関しては、産前産後ともほぼ無料。医療費も、一定額以上は無料。ただし、消費税は高い。食品は15%、ほかは25%。それでも、労働者の収入は、日本と比べてはるかに多い。しかも、福祉は充実している。国立のバレエ団では、41歳になると年金が支給されるらしい。国の政策だから同列に比べるわけにはいかないが、日本などは見習う点は多いはず。
 女性バレリーナのドキュメンタリー映画ではあるが、母と娘、夫と妻、仕事仲間と本人をめぐるドラマが主軸となる。夢を実現するためには、厳しい現実が横たわっている。実現するための苦労や労力は、はかり知れないほど多い。日本の女性バレリーナの半生を見ることで、さまざまな「教え」を得ることが出来る。麻衣子は、大阪の女性。同じ大阪で生まれて育った身には、それだけで応援したくなる。
 バレリーナとして、現役で踊れる時間は限られているらしい。その日まで、西野麻衣子さんには踊り続けて欲しい。

2016年2月20日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ico_linkYEBISU GARDEN CINEMAico_linkほか全国順次ロードショー!

■『Maikoマイコ ふたたびの白鳥』

監督:オセ・スベンハイム・ドリブネス
出演:西野麻衣子
2015年/ノルウェー/70分/英語・ノルウェー語・日本語
配給:ハピネット、ミモザフィルムズ