小学校 図画工作
小学校 図画工作

~表現することを通して,思いがけない自分を発見していくA児の姿から~
※本実践は平成20年度版学習指導要領に基づく実践です。
指 導 計 画 |
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題材名 |
一文字アートにこめるわたしの2008年 |
時 間 |
5 |
準 備 |
色画用紙,接着剤,絵の具など,自分の表現に必要な材料 |
学習目標 |
今年の自分への思いや願いをこめた一文字に描き加えたり飾り付けたりしながら表現をすることができる。 |
主な学習内容 |
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主な評価の観点 |
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さあ,5年生だ!高学年だ!自分を変えていきたい!
5年生に進級した子どもたち。期待と不安に胸を膨らませながらも,高学年としての自分を成長させていきたいという強い願いを胸に目を輝かせている。
A児も,そうした思いを膨らませている一人である。A児はこれまで友達と同じ行動をとったり既成のことをなぞったりすることで満足していた。しかし,A児もこのままの状況ではいけないと感じ,進級したこと,新しい学級になったことを機会に,なんとか自分を変えていくことはできないかときっかけをつかもうとしているのではないかと感じた。
そこで,表現をすることを通して,これまでの自分を思い起こし,どんな自分になりたいかといった,自分を見つめ,自分らしさを確かめたり思いがけない自分を発見したりしていくよろこびを感じることができる活動を展開することにした。そうすれば,自他のよさを感じながら,自分を変えていくことに向かっていくことができるのではないかと考えたのである。
2008年自分にとってどんな年にしたい?
毎年,年の暮れになると,その年を象徴する「今年の漢字」が発表され話題となる。2007年の「偽」,その前年の「愛」の画像を子どもたちに提示した。それぞれの文字がなぜその年の漢字に選ばれたのか,今年はどんな漢字になりそうかなどを話題に自由にやりとりした後に,「2008年は自分にとってどんな年にしたい?」「それを一文字で表してみようか…」と投げかけてみた。A児はしばらく考え込んでいたが,何かに気付いたように鉛筆を走らせていた。
わたしの2008年の一文字は,『旅』です。なぜかと言うと,一人旅から取りました。去年は一人旅ができずに友達にたよりすぎていたからできるようにがんばりたいと思ったからです。
A児がここで述べている一人旅というのは,自分自身の判断で行動するという意味で使われている。A児は,自分の考えや判断で行動することが自分を変えていくことにつながるのではないかと捉えはじめている。それを具体的なものとして感じ,意識していくことができるように,2008年を自分にとってどんな年にしたいか,一文字にこめた思いを色や形で表現していく活動を設定することにした。
わたしの一文字をアートにしよう!?
「この一文字でアートしてみようか。」と投げかけた。「(アートを)やってみたい気持ちはすごくあるんだけど,アートってどういうのかが思い浮かばないんだ。」とある子が切り出した。そこで,アートにするとはどういうことなのかを考えていくことになった。はじめ考え込んでいた子どもたちであったが,「紙粘土で文字をつくったらどう?」「箱の中に入れてみるとおもしろいんじゃない?」「木とか葉っぱとか使ったら?」次第にアイディアが次々と飛び交う。そんな中,A児は,自分が思い浮かべる表現を黙々とアイディアスケッチしていた。
最初,○○さんの言っていたように,箱の中につくろうと思っていたんだけど,画用紙に紙ねん土の一文字を入れてぶらさげることにしました。そうした方が,いつでも見えると思ったからです。
友達の考えを聞きながら自分のイメージを修正しようとしている姿も感じられる。こうした,子どもたち同士でボタンを押し合う時間というのは子どもたちの思考を加速させるものだと実感させられた。
A児ははじめ,板に「旅」という文字を紙粘土で形づくって貼り付けていた。しかし,「旅」の文字のへんとつくりを人の型につくり直した。また,板の底辺に当たる部分の形状を波形に加工しはじめた。自分で判断し考えていくことに自信を与えてくれたのが仲間であることを確かめていたのだろう。自分を変えていくためには,自分の足で歩んでいかなくてはならないことを荒波に表わしていた。
わたしの一文字アート だれに見てもらう?
「作品ができたら,見せ合うのやろうよ。」と子どもたちが言い出した。「だれに見てもらう?」ということが話題になった。「5年生(他学級)がいいんじゃない?」「みのり班(縦割り班)もいいかもよ。」と考えが出される。その後,次のようなやりとりが続いた。
B:「同じ学年や,みのり班の人だといいことしか言ってくれないと思う。だから,6年生に見てもらうのがいいんじゃないか。」
C:「6年生は本音を伝え合うことを大事にしているから,ぐさっと言われそうでこわい。」
D:「アドバイスしてもらうのはいいことだよ。」
C:「いっしょけんめいつくったからこそ,何か言われるといや。」
B:「それじゃ,わたしたちの成長にならないよ。」
しばらく聞いていたA児が口を開いた。
ぼくは,6年生に見てもらいたい。僕の一文字アートの意味を見てもらいたい。それは,人ぞれぞれだから大丈夫だと思う。
自分を変えていく見通しを具体的に捉えはじめ,これからの自分をイメージしはじめたA児なのだろう。その思いが,他者にどのように写るのか確かめること,つまり,自分らしさの確かめをしようとしているのではないだろうか。
そして,自分の思いを引き立たせるための作品の展示や装飾を考えながら一文字アート美術館を開いた。そこに6年生を招待したのである。
たくさんの6年生の人たちに,ぼくの気持ちを話しました。「なるほど」とか「いいね」だけでなく「すごいね」とも言ってくれたのがうれしかったです。
ぼくが友達の作品でいいなあと思ったのは,○○くんの「考」です。考えて行動していくんだろうなあと思い,すごくいいなあと思いました。
A児は,6年生とのかかわりの中で,色や形で表した自分の思いが認められたことで,自分らしさを見い出し,自信を深めたのだろう。次第に友達の思いに関心を寄せ,その価値を感じはじめているように思えてならなかった。
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体育の時間に最後まで走っていた○○さん,バタフライでタイムを縮めた□□さんがすごいと思った。それと,みんなが自然にその人たちに「がんばったね。」と言いながら拍手しているところがいいと思いました。
体育の後のふりかえりで,A児は上記のように記している。友達の取り組みを肯定的にとらえ,また,その周りの仲間のかかわりにも肯定的な目で見ている。さらには,そのよさを仲間に伝えようとしている。A児は,自分の思いを表現することを通して,さまざまな関係性の中で成り立っている自分を見つめてきた。こうした中で,自分に向けるまなざし,他者に向けるまなざしを研ぎ澄ましてきたのだろう。さらに他者とのよりよいかかわりを築き上げていくことが,自分を高めていくことになるということをA児は実感し,自分のくらしをつくっていこうとしている。