ROOT(算数・中学校 数学)

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算数・数学教育における学力向上の場としての言語活動のあり方
2013.07.31
ROOT(算数・中学校 数学) <No.11>
算数・数学教育における学力向上の場としての言語活動のあり方
算数・数学教育における学力向上
山口 武志(鹿児島大学 教授)

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1.学力向上の場としての言語活動

 現行の学習指導要領は、改正された教育基本法と学校教育法に基づく最初の学習指導要領になります。特に、学校教育法で学力の構成要素が具体的に指摘されたことは注目すべき点といえます。それらを筆者なりに整理するならば、「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力等の能力」、「主体的な学習態度」の3つになります。従来の算数・数学教育でも、これら3つは重視されていますが、知識基盤社会とよばれる現代社会では、これらを育成し向上させることが今まで以上に求められているように思います。
 そのための重要な場として強調されているのが言語活動です。算数・数学科においても、言語活動の充実という視座から、様々な指導が工夫され、その成果が着実に蓄積されてきているものと思います。その一方で、算数・数学科における言語活動のとらえ方や言語活動を重視した授業のあり方をめぐって、議論になる場にも接するようになりました。学習指導要領が全面実施となった今、算数・数学科における学力向上の場としての言語活動のあり方について、今一度、再確認しておくことが重要であるように感じています。

2.算数・数学科における言語活動のとらえ方

 算数・数学科における言語活動を検討するにあたっては、まず、算数・数学科における「言語」のとらえ方が重要になります。算数・数学科の授業では、言語(日本語)だけではなく、図や数式、グラフなど、多様な表現が用いられます。こうした様々な表現は、教師の指導の重要な手段であるとともに、子どもたちが算数・数学を理解する上でも欠かせないものです。そのため、算数・数学科の授業では、各種の表現の役割や位置づけを十分に検討することが求められます。

図1 数学教育における表現体系

図1 数学教育における表現体系

 算数・数学科における表現については、中原(1995)の「表現体系」が大変示唆的です。中原は、算数・数学の教授・学習で用いられる重要な「表現様式」として、現実的表現、操作的表現、図的表現、言語的表現、記号的表現の5つを指摘しています。そして、これら5つの表現様式の相互関係として、図1に示す「表現体系」を提唱しています(中原、1995、p.202)。
 言語活動のあり方という本稿のテーマに鑑みた際、図1の表現体系からは、次の2つの示唆を得ることができます。第一は、算数・数学科の授業では、5つの表現様式が重要であることから、算数・数学科では、「言語」を日本語に限定するのではなく、幅広くとらえることが重要になるという点です。第二は、各表現様式間の矢印や同一表現様式内の矢印に示されているように、子どもの数学的理解を促すためには、同一表現様式内の翻訳も含め、表現間の相互翻訳を図ることが重要であるという点です。
 これら2点に関して、平成20年1月の中央教育審議会(2008)答申では、算数・数学科の「改善の基本方針」として、次のような指摘がなされています。
 《数学的な思考力・表現力は、合理的、論理的に考えを進めるとともに、互いの知的なコミュニケーションを図るために重要な役割を果たすものである。このため、数学的な思考力・表現力を育成するための指導内容や活動を具体的に示すようにする。特に、根拠を明らかにし筋道を立てて体系的に考えることや、言葉や数、式、図、表、グラフなどの相互の関連を理解し、それらを適切に用いて問題を解決したり、自分の考えを分かりやすく説明したり、互いに自分の考えを表現し伝え合ったりすることなどの指導を充実する。》(下線筆者)
 このような答申の指摘もふまえたとき、算数・数学科における「言語」については、日本語による表現(つまり、言語的表現)に限定するのではなく、図1の表現体系における現実的表現、操作的表現、図的表現、記号的表現も含めて幅広くとらえるほうが適切である、と筆者は考えています。つまり、図1に示された5つの表現様式は、いわば数学的言語といえるものであり、算数・数学科では、5つの表現様式を「言語」としてとらえるべきであると考えます。そして、算数・数学科では、5つの表現様式を用いて思考したり、思考の過程や思考の結果を説明し伝え合う活動を「言語活動」ととらえることが重要であると考えます。

3.言語活動を重視した授業づくりの視点

 算数・数学科における「言語」や「言語活動」を上述のようにとらえた上で、言語活動を重視した授業づくりの視点として、ここでは次の3つを指摘しておきたいと思います。

①教材の「本質」をみきわめた言語活動の検討
②「他者の表現から考えを読む」活動の充実
③表現の「洗練プロセス」の重視

 もちろん、これら3点以外にも授業づくりの視点はあると思われますが、上述の3点は、今後、一層力を入れていくべき視点であるととらえていただければ幸いです。
 視点①については、教科書でも、子どもたちの多様な考えをもとに、それらを比較検討する言語活動が想定されており、子どもたちの多様な考えに基づく社会的相互作用の活性化は、言語活動の充実につながる授業づくりの重要なポイントといえます。ただし、言語活動の「型」といった方法論的側面の検討に偏るのではなく、当該教材の特性をふまえた「本質的な」言語活動を検討することが基本になると考えます。
 例えば、小学校第2学年の「たし算の筆算」の場合、「くり上がりのないたし算」では、「十の位からたす考え」と「一の位からたす考え」の2つの素朴な認知モデルが想定されます(山口、2012)。ただ、「くり上がりのあるたし算」では、「一の位からたす筆算」が能率的になるため、そのことを見越して、「くり上がりのないたし算」でも、「一の位からたす筆算」を教師側から早期に導入する場合もあったのではないでしょうか。
root_no11_02 しかし、「くり上がりのないたし算」における子どもたちの素朴な認知モデルにできるだけ沿うならば、「くり上がりのないたし算」では、「十の位からたす考え」と「一の位からたす考え」の2つの考えをともに認め、「くり上がりのあるたし算」において、「一の位からたす考え」の便利さや一般性を検討させる授業展開が望ましいと筆者は考えます。実際、最近の教科書では、下記のように、「くり上がりのないたし算」では、「十の位からたす考え」と「一の位からたす考え」の2つの考えに配慮した記述になっています。(『小学算数』2年上P.17)

 こうした点をふまえると、「十の位からたす考え」と「一の位からたす考え」の2つの素朴な考えを認める方向で「練り上げ」のあり方を考えるのか、それとも、「一の位からたす筆算」への早期移行を念頭に「練り上げ」のあり方を検討するかによって、「練り上げ」における言語活動の質が大きく変わってくると考えられます。このように、教材研究に基づく「本質的な」言語活動のみきわめが重要になると考えます。
root_no11_03 視点②にかかわって、一般に、授業では、「子どもたちが自分の考えを表現し他者に伝える活動」が中心になります。しかし、こうした活動に加えて、「他者の表現から考えを読む活動」を積極的に取り入れたいものです。例えば、中学校第2学年の「多角形の内角の大きさの和」に関する授業では、五角形や六角形などの内角の大きさの和を多様な方法で考えさせ、自分の考えを発表させることが多いと思います。一方、現行の教科書では、こうした活動に加え、言語活動の充実を図る視座から、次のような「他者の図的表現から考えを読む活動」も取り入れています。(『中学数学』2年P.98)

 このように、「自分の考えを表現し他者に伝える活動」だけではなく、逆に、「他者の表現から考えを読む」活動を取り入れることによって、理解を一層深めることができると考えます。中原の表現体系では、異なる表現様式間の相互翻訳や同一表現様式内の相互翻訳の重要性が示されていますが、上述の教科書の問いは、図的表現の記号的表現への翻訳によって、多角形の内角の大きさの和に関する理解を促すことをねらったものととらえることができます。
root_no11_04 視点③は、「子どもなりのインフォーマルな表現」から「慣例的に用いられているフォーマルな表現」に至る「表現の洗練プロセス」を重視することを意味しています。例えば、前述の小学校第2学年「たし算の筆算」の場合、教科書では、「くり上がりのあるたし算」の学習において、次のような「2段形式の筆算」に基づいて考えを比較検討させ、「一の位からたす考え」の便利さを理解させる場面が工夫されています。(『小学算数』2年上P.20)

 2段形式の筆算には、「十の位からたす考え」と「一の位からたす考え」という2つの考えの違いが明確になるというよさがあります。そのため、「くり上がりのないたし算」の学習の段階から、2段形式の筆算のような「形式化されていない状態のもの」(文部科学省、p.73)もあえて大切にし、「十の位からたす考え」と「一の位からたす考え」の違いを意識させながら、「位どうしをたす」というたし算の基本を十分に理解させることが重要であると考えます。また、こうした指導をふまえた上で、「くり上がりのあるたし算」では、「一の位からたす考え」の優位性を認識させつつ、「一段形式の慣例的な筆算」へとなだらかに移行させることが肝要になると考えます。
 以上のように、算数・数学科における言語活動の充実にあたっては、「数学的意味と表現の相互発達」という視座から、きめ細かな教授・学習過程を工夫することが求められているように思います。

【引用文献・参考資料】

  • 文部科学省(2008)、 『小学校学習指導要領解説・算数編』、東洋館出版社.
  • 中原忠男(1995)、『算数・数学教育における構成的アプローチの研究』、聖文社.
  • 中央教育審議会(2008)、『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指
    導要領の改善について(1月17 日)』.
  • 山口武志(2012)、『数学教育における認識論と授業実践との架橋をめぐる課題-「数学的意味と表現の相互発達」を中心に-、日本数学教育学会、第45回数学教育論文発表会論文集、第1巻』、pp.9-14