線 Line(小学校 書写)

線 Line(小学校 書写)

「ヒ」の筆順は?
2013.06.28
線 Line(小学校 書写) <No.05>
「ヒ」の筆順は?
お茶の水女子大学 教授 浅田徹

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 今は大学の日本文学科の教員をしていますし、その前は十年も高校で国語を教えていました。しかし、それにも関わらず、漢字の覚え違いや筆順の間違いがずいぶんあって、恥ずかしい思いをします。「成」という字の筆順がいい加減だったり、片仮名の「ヒ」の横棒をどちらから引くのかわからなくなったりということがしょっちゅうで、それでも教員かとお叱りを受けそうです。
 ところで「ヒ」は漢字の「比」の半分を取り出して片仮名にしたものです。「比」の左側と右側とで横棒の筆の向きが違うことにお気づきでしょうか。では、「ヒ」は「比」のどちらの部分を採ったものでしょうか。そして、それは「ヒ」の横棒の筆の向きと関係づけることができるでしょうか?
 実はこれはそんなに簡単な問題ではありません。歴史的に資料を辿ってみると、左側を使った「ヒ」と、右側を使った
「ヒ」の両方が見つかるのです(!)。片仮名の字体は、誰かが一度に決めたわけではなく、自然発生的に多様な字ができて、それが長い時間をかけて淘汰されていきました。だから、当初はいろいろな字体が併存していまして、例えば「ノ」は「乃」の一画目を抜き出して片仮名にしたのですが、逆に二画目のぎくしゃくした方を抜き出した片仮名もあり、古い写本では比較的よく見ます。「ヒ」も左右どちらを使ったものもあったわけです。ただし、全体的に見ると、右側を使ったものがかなり優勢であるそうです。詳しくは、築島裕『日本語の世界5 仮名』(昭和五十六年 中央公論社刊)をごらん下さい。
 さて、右側を抜き出したものが優勢だったとすると、「比」の右側の「ヒ」は、横棒が右から左へ進まなくてはならないはずですね。しかし、現在片仮名の「ヒ」の横棒は左から右へ引くことになっているのではないでしょうか。瑣末なことのようですが、ここをきちんと説明することは、残念ですが私の手には余ります。
 「ら」の字がうまく書けない人は、筆順を間違っていることが多く、上部の点が一画目なのだと教わると劇的に読みやすい字に変わります(私がそうでした)。私が自分の間違いに気づいたのは、「ら」は「良」に由来すると知ったからで、それならば上の点が先にならなくては不合理です。由来に戻ってみることは大いに役立ちます。しかし、起源と現在との間には、ずいぶん大きな距離があるのも事実です。単純な「ヒ」の字にも、そうした距離を感じます。