学び!とシネマ

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孤独な天使たち
2013.04.19
学び!とシネマ <Vol.85>
孤独な天使たち
二井 康雄(ふたい・やすお)
(c)2012 Fiction - Wildside

(c)2012 Fiction – Wildside

 今年で72歳になる、イタリアの監督ベルナルド・ベルトルッチの新作「孤独な天使たち」(ブロードメディア・スタジオ配給)は、一言で言うと、瑞々しい教養小説のたたずまい。14歳の少年が、おとなへのとば口にさしかかる1週間の日々を、母親の異なる姉との触れあいの中で、綴っていく。いささかミステリアスに、一歩間違うと、大変な事態に陥るサスペンスをはらみながらの展開に、ハラハラ、ドキドキ、引き込まれてしまう。  
 監督生活50年、「暗殺の森」、「ラストタンゴ・イン・パリ」、「1900年」、「ラストエンペラー」、「シェルタリング・スカイ」などなど、およそ、映画の歴史に残る数々の傑作を撮ったベルナルド・ベルトルッチである。2003年に撮った「ドリーマーズ」以来、10年ぶりになる。70歳を超えたベルトルッチの、肩の力を抜いての一作だろう。
 このところ、ベルトルッチの旧作を見直す機会があり、「ベルトルッチの分身」、「暗殺の森」、「1900年」を立て続けに見た。ドストエフスキーの短編を基に、実験的ともいえる「ベルトルッチの分身」では、殺人を犯した若い大学教授に、その分身が現れての混乱ぶりが、軽妙に描かれる。「暗殺の森」は、ベルトルッチが29歳で監督、反ナチをめぐっての骨太の政治ドラマ。「1900年」は、資産階級と労働者の立場を超えて、二人の少年の生涯に渡る友情を、イタリア現代史に絡めて謳いあげた傑作である。本作は、過去のベルトルッチ作品に比べると、大作ではないだろう。しかし、繊細な若者のありように深く迫って、とても老境にある人の演出とは思えないほどの若々しさ。

(c)2012 Fiction - Wildside

(c)2012 Fiction – Wildside

 14歳の少年ロレンツォ(ヤコポ・オルモ・アンティノーリ)は、父親が不在、母親のアリアンナ(ソニア・バルガマスコ)とも、ぎくしゃくした関係だ。学校ではカウンセリングを受けるほどの、自閉症気味な少年である。やっと、学校行事のスキー合宿に行くことで、母親は少しは安心する。ところが、ロレンツィオは、合宿の費用で、1週間分の食料やジュース、コーラなどを買い込み、自宅のアパートの地下室で、好きな本を読み、好きな音楽を聴いて過ごそうとする。地下室には、ベッドもあり、ボイラー室も隣接していて、居心地がよさそうである。
 そこに、しばらく会っていなかった、異母姉にあたるオリヴィア(テア・ファルコ)が押し掛けてくる。オリヴィアは、私物を取りに来たと言って、ロレンツォに小銭をせびって、出ていってしまう。深夜、行くところがないとオリヴィアが戻ってくる。母親に通報されては困るロレンツォは、しぶしぶ同居を許す。突然、オリヴィアが吐く。どうやら、ロサンゼルスに住んでいたころからのヘロイン中毒だったことが判明する。見かねたロレンツォは、祖母の入院している病院から睡眠薬を入手したり、必死にオリヴィアを看病する。

(c)2012 Fiction - Wildside

(c)2012 Fiction – Wildside

 かつて、オリヴィアは、ロサンゼルスで写真の個展を開いたことがある。その作品に見入るロレンツォ。何とか、回復する気配を見せたオリヴィアは、食欲が出てくる。夜中、ふたりは、母親の寝ている部屋に忍び込み、食料にビールを調達する。語り合う姉と弟。デヴィッド・ボウイの唄う「ロンリー・ボーイ・ロンリー・ガール」に合わせて、寄り添うように踊る。そして、1週間が経過する。
 踊るシーンには、濃厚な時間が流れる。セリフはないが、ふたりの感情がほとばしる。「暗殺の森」では、ドミニク・サンダとステファニア・サンドレッリの女優ふたりが、「ラストタンゴ・イン・パリ」では、マーロン・ブランドとマリア・シュナイダーが、それぞれタンゴを踊ったように、このダンス・シーンは、秀逸。まるで、孤独の、若いふたりの心の叫びを聞くようである。
 「孤独な天使たち」を見ると、過去のベルトルッチ作品を見たくなるにちがいない。ベルトルッチは健在である。

2013年4月20日(土)より、シネスイッチ銀座ico_link ほか全国順次公開

■『孤独な天使たち』

監督:ベルナルド・ベルトルッチ
出演:ヤコポ・オルモ・アンティノーリ、テア・ファルコ 他
脚本:ニッコロ・アンマニーティ、ウンベルト・コンタレッロ、フランチェスカ・マルチャーノ、ベルナルド・ベルトルッチ
2012年/イタリア/97分/カラー/シネマスコープ/ドルビーデジタル
字幕翻訳:岡本太郎
原題:IO E TE
配給:ブロードメディア・スタジオ