社会科NAVI
(小・中学校 社会)

社会科NAVI
(小・中学校 社会)

「正義」(法的サービス)に容易にアクセスできる社会を目指して~司法改革と「法テラス」の創設・活動~
2013.05.31
社会科NAVI(小・中学校 社会) <Vol.04>
「正義」(法的サービス)に容易にアクセスできる社会を目指して~司法改革と「法テラス」の創設・活動~
特集 社会生活と法教育
京都大学名誉教授 佐藤幸治

snavi_vol4_h1

1.2種類の「医師」

 私たちは身体の「不調」を覚えたとき、掛り付けの医院や定評ある病院に行って診察してもらいます。医師の診断を聞いて安心したり、手術など必要な治療を受けたりします。その際、曲り形にも医療保険制度があり、一般に経済的なこと(費用)について深刻に考えることなしにすませます。
 では、私たちが社会生活上の「不調」を覚えたとき(例えば、トラブルに遭遇したり、事の適正な処理に思い悩んだりするとき)はどうするでしょうか。こうした場合、多くは法的な問題がからんでいるものですが、私たちは弁護士のところに行って相談するでしょうか。そうはしないというのが日本の社会の実情でした。日本人は「和」を重んじ事を荒立てたがらない民族である(「日本人は訴訟嫌いである」はその象徴的表現)といわれてきました。しかし、本当にそうだったのでしょうか。相談しようにも身近に弁護士はおらず、しかもどれほどの報酬をとられるか見当もつかない、というのが主な理由をなしていたのではないでしょうか。だが、人が生活上の「不調」に適正に対処できなければ、生活の基盤が害され、不幸に苦しまなければならないことになります。
 しばらく前から、日本人の生活の様式や環境も大きく変ってきました。そして一般の国民にとって司法(弁護士)がこのように縁遠い状況を放置しておいてよいのかが反省され、平成11(1999)年に司法制度改革審議会(以下、審議会)が設けられました。平成13年に出された審議会意見書は、法の支配の理念に基づき、すべての当事者を対等の地位に置き、公平な第三者が適正かつ透明な手続により公正な法的ルール・原理に基づいて判断を示す司法部門が、政治部門と並んで、「公共性の空間」を支える柱とならなければならないとし、その司法部門を支える法曹(弁護士、検察官、裁判官)を「国民の社会生活上の医師」と位置づけ、様々な改革の方途を提示しました。

2.「国民の司法」の確立

 司法改革の趣旨・目的は、一般の国民にとって縁遠かった司法を身近なものとし、容易にアクセスできるいわば「国民の司法」を確立するということにあります。そのためには、①各種訴訟制度の改革が必要ですが、何といっても②法曹人口の増員・法曹養成制度の創設と一般の国民が司法に容易にアクセスしやすいようにする仕組の整備が不可欠です(なお、「国民の司法」という場合、国民が司法を利用しやすくするという面のみならず、国民が司法に参加し、支えるという面もあり、その中核をなすのが裁判員制度です)。
 司法がこのように広く国民の生活に根ざし、確かな国民的基盤に立つことによって、司法が政治・行政の行き過ぎや怠慢をより有効にチェックでき、自由で公正な社会を維持する上で不可欠な権力分立ないし抑制・均衡のシステムの一翼を真に担いうる存在となるという期待が込められていることも強調しておきたいと思います。
 現代は、グローバリゼーションの深化する時代です。ここでは、ルールや基準の定立・適用をめぐる駆け引きが熾烈で、日本の国益と国民の生活上の正当な利益を守るために司法(弁護士)が果たすべき役割が飛躍的に増大しています。世界的にみて、国境を越えた法的サービスの提供が最も急成長する業務といわれてきたのですが、この面でも日本の司法は立ち遅れていました。司法改革には、この遅れを取り戻すための基盤を早急に作りたいとの願いが込められていたことも付言しておきたいと思います。

3.法曹人口の増員と新たな法曹養成制度(法科大学院)の創設

 先に一般の国民に縁遠い司法といいましたが、審議会の頃、つまり21世紀初頭の頃、全国の8割以上の市町村では弁護士のサービスを身近に得られない状況にありました。因みに、当時の主要国における法曹人口の国民比をみると、アメリカは約290人に1人、イギリスとドイツは700人余に1人、フランスは約1640人に1人、そして日本は約6300人に1人という状況でした。
 こうした状況の源は、明治憲法体制に遡ります。行政に大きな比重をおくこの体制は、司法の役割を相当限定的に捉え、その中に法曹(特に弁護士)人口の統制という視点を潜在させていました。日本国憲法に至って法の支配の拡充という観点から司法の大幅な強化が図られましたが、法曹人口の統制という体質を払拭し切れませんでした(確かに、新しい制度の下で法曹人口は徐々に増え、昭和39(1964)年には司法試験合格者数は500人台に乗りましたが、以後30年近く500人前後の数字が続きました)。
 そこで、大幅な法曹人口増員に取り組まなければならないことになったのです。審議会の頃は規制緩和への動きも強く、合格者数1万人以上にといった主張もあったのですが、「社会生活上の医師」にふさわしい養成のあり方を真剣に考える必要があるというのが審議会の基本的立場でした。その際、従来の司法試験は開かれた制度としての長所もあるが、司法試験といういわば「点」のみによる選抜は、身体上の医師の養成と比較しても無理を伴っており、その固有の弊害もあるのではないか(最も厳しいときは、合格率1.5%)、他方、これからの法曹、特に弁護士のあり方を考えたとき(従来のような裁判法務だけではなく、「社会生活上の医師」として様々な形で法的な相談・交渉などに携わることが期待される)、司法研修所の司法修習に決定的に依存するのはいかがなものかが考慮され、結局、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての法曹養成制度を構築すべきとなり、その中核として法科大学院を創設するということになったのです。そして、新しい法曹養成制度への切り替えが予定される平成22(2010)年頃には新司法試験合格者数を3000人とすることを目指すということになりました。
 しかし、予想をはるかに越える74もの法科大学院が誕生し、新司法試験のあり方も関連して、合格者数は2000人少々にとどまって、合格率は低迷し(合格者を累積すれば5割、6割、さらに7割以上の法科大学院は結構あるのですが)、他方では、増員に対する抵抗とも関連しながら“就職難”が喧伝される中で、法曹志望者(法科大学院への志願者)数が減少するという厳しい状況が現出しました。この現状に照らし法科大学院としても自ら正すべきところは正すとともに、関係者が協力しながら弁護士の職域拡大に努める中で、早く新しい法曹養成制度を安定化させる必要があります。
 OECD(経済協力開発機構)はかねて日本の高等教育、特に高度専門職業人教育の向上を求めていたのですが、多くの法科大学院では研究者と実務家が協同して少人数・双方向の密度の高い授業が行われており、そこを修了して司法試験に合格した者は既に1万数千人に達し、従来の弁護士像にとらわれず社会の各方面に進出し(企業内弁護士は10年ほど前に比べて10数倍の800人に達する勢いであり、自治体等々に就職する者も徐々に増えています)、新しい活動方法を編み出しつつ活躍する弁護士が多いことを強調しておきたいと思います。

4.「正義」(法的サービス)へのアクセスの拡充-「法テラス」の創設・活動-

 司法を国民の身近なものとするには、法曹人口の増員だけでは十分ではありません。弁護士の偏在(司法過疎地域の存在)の問題もありますし、経済的理由から弁護士に相談するなんてとてもという方もおられるでしょうし、まず何よりもどのように司法(弁護士)にアクセスしたらよいか分からないということがあるかと思います。こうした問題について、国はまともに取り組んできませんでした。少し正確にいえば、刑事被告人国選弁護制度は憲法上の要請で当初から設けられましたが、被疑者国選弁護制度はなく、先進国で広くみられた民事法律扶助制度についての国の積極的な取り組みはありませんでした。日弁連(日本弁護士連合会)は、法律扶助協会を実質的に支え(協会への国庫補助がはじまったのは昭和33(1958)年で、額は1千万円でした)、当番弁護士を設けたり、公設法律事務所を開設するなどの努力を重ねましたが、この種のことは本来国が行うべきものでした。そして、平成12(2000)年にようやく民事法律扶助法が制定され、さらに平成16年に総合法律支援法の制定をみて、ここにようやく国が責任をもって取り組む体制が整うことになりました。

業務を開始した「法テラス」のコールセンター

業務を開始した「法テラス」のコールセンター

 この法律に基づき、平成18年に日本司法支援センター(その愛称、ロゴとして「法テラス」)が業務を開始しました。この「法テラス」には、「法律によってトラブル解決へと進む道を指し示すことで、相談する方々のもやもやとした心に光りを『照らす』という意味と、悩みを抱えている方々にくつろいでいただける『テラス』のような場でありたいという意味」が込められています(日本司法支援センター[法テラス]編著『法テラス白書 平成23年度版』[2012年]参照)。
 「センター本部」は東京におかれ、全国50か所に「地方事務所」が設けられ、さらに実情に応じて「地方事務所支部」、「出張所」、「地域事務所」(「司法過疎地域事務所」と「扶助・国選地域事務所」)が設置されています。業務内容には、「情報提供業務」(法制度や各種相談機関等に関する情報を、誰にでも無料で電話・面談等で提供する[コール・センターのナビダイヤルは0570-078374(おなやみなし)]。2011年度は54万件近くに及ぶ)、「民事法律扶助業務」(経済的に余裕のない人に対し無料法律相談を行い、必要な場合には弁護士・司法書士の費用の立替えをする。2011年度で法律相談が28万件、代理援助が10万件余、書類作成援助が6千件余)、「国選弁護関連業務」(貧困等のため自力で弁護士を頼めない被疑者・被告人のために国選弁護人との契約、報酬費用の支払等を行う。2011年度で被疑者国選7万3千件余、被告人国選6万7千件)のほか、「司法過疎対策業務」や「犯罪被害者支援業務」が含まれています。
 日本では、法律扶助につき、開業弁護士が個々の事件を処理する方式がとられてきましたが、「法テラス」ではスタッフ弁護士制が併用されており、スタッフ弁護士は全国で230人ほどに上っています。そして、こうした弁護士たちが地元の社会福祉協議会や自治体等に積極的に出向き、潜在的な法的ニーズに応えようと活発に活動しています(いわゆる「アウトリーチ」)。因みに、2011年度の「法テラス」関係の政府予算は313.5億円、その中で民事扶助の交付金は165.5億円に達しています。

5.おわりに-時代環境の変化に即応する公正な社会の形成を目指して-

法律相談援助の状況(法テラス白書 平成23 年度版)

法律相談援助の状況(法テラス白書 平成23年度版)

 先に日本人の生活の様式や環境の大きな変化に言及しましたが、グローバリゼーション、バブル経済の崩壊(高度経済成長の終焉)、少子高齢化等々は、雇用関係の大きな変容(例えば、非正規雇用の増加や労働条件・環境の劣化等々)や社会福祉面における深刻な課題(例えば、認知症の人びとの増大に伴う問題、格差の拡大に伴う現代の貧困や社会的排除の問題等々)などをもたらし、人が尊厳ある存在として生を全うするために司法的支援を必要とする局面が大きく増大してきています。また、東日本大震災は、司法的インフラの脆弱さがいかに悲劇を増幅させるかを痛感させました。法教育への取り組みがようやく本格化してきましたが、司法関係者も旧来の自己像から脱皮し積極的に国民への法的サービスの提供・充実に努め、国もそうした努力を助長する環境整備に格段の意を用いることが強く求められているといわなければなりません。

佐藤 幸治(さとう こうじ)
専門分野/憲法学
主要著書/『現代国家と司法権』(有斐閣1988年)、『現代国家と人権』(有斐閣2008年)、『日本国憲法論』(成文堂2011年)など
日本文教出版『中学社会公民的分野』教科書監修者