社会科NAVI
(小・中学校 社会)

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社会科において防災教育はどのように反映されているのか
2013.01.31
社会科NAVI(小・中学校 社会) <Vol.03>
社会科において防災教育はどのように反映されているのか
特集 社会科と防災教育
関西大学社会安全研究センター長・教授 河田惠昭

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 本小文では、まず、小中高等学校の社会科の学習指導要領に照らして、実際の社会科の教科書のどこに課題があるのかを述べ、つぎに、全体にわたって欠けている視点を示し、さらに、具体的な小学校の津波防災教育の内容を紹介し、最後に、どのように改善すればよいかを示すことにした。

1.防災教育としての小学校社会科の現状

 わが国の災害対策基本法の第1章総則の第1条に示されているように、災害から守るべきものは、国土並びに国民の生命、身体及び財産となっている。そして、これを実行するためには、三つの「知ること」が必要である。それらは、①災害の起こり方を知る、②社会の弱いところを知る、③対策を知るである。①は災害のメカニズムであるから、教科としては理科が担当することになろう。では、②と③はどの教科が担当するかと考えれば、それは社会科ということになる。この考え方は、防災・減災研究者の考え方であって、文部科学省の学習指導要領では、つぎのようになっている。たとえば、「小学校学習指導要領解説 社会編」では、3 社会科改訂の要点の(1) 目標の改善についての中で、「自然災害の防止の重要性についての関心を深めることができるようにすること。」と記述されている。そして第5学年の目標として、「自然災害の防止(の重要性について関心を深める)」を加えた。
 これを受けて、たとえば、A社では、第5学年の社会の教科書で、「自然災害を防ぐ」の小単元で年間時数100の内4時数をとり、全208頁中6頁を当てている。この小単元は、全体の時数の4%および頁数の3%になっている。これは、火事、事故、事件の扱っている時数や頁数に比べてあまりにも少ないといわざるを得ない。すなわち、A社の第4学年の教科書で、くらしを守るとして、火事、事故、事件、すなわち警察と消防を全時数90の内19時数(21%)、全161頁中32頁(20%)をとっている。
 これらのことから、自然災害の扱いが少なすぎると言いたいのではない。火事、事故、事件が「くらしを守る」という単元に入っていて、これが本当は「いのちを守る」とすべきであると主張したいのである。そうすると自然災害は当然対象となる。しかも、くらしを守るということであれば、内容はHow toものとなってしまうからである。ここは「いのちとくらしを守る」とすべきであるにもかかわらず、くらしだけになっているので、自然災害と共通しないことになるのである。
 交通安全教育も防災教育も、もっとも大事なことは「いのちの尊さと生きていくことの大切さ」であろう。それが社会科の教科書から抜け落ちているのである。「生命の尊重」は道徳に入っているが、それではあまりにも一般的過ぎるだろう。交通安全教育が、交通事故に遭わないための教育に特化してしまっているところに問題があろう。無免許で運転すれば、交通事故を起こし、いのちを奪うという危険を同時に教えないから、全国的に若者の無謀運転事故が多発するのである。児童・生徒は運転しないから教えないのであれば、それこそまさにHow toものの証拠である。わが国では近年、交通事故の後遺症のある負傷者が毎年6万人前後を推移しており、欧米先進国ではこの数字が着実に減少していることを考えれば、必ずしも交通安全教育が成功したことにはならないのである(事故後24時間以内の死者数の減少だけを取り上げたのでは不十分である)。

2.防災教育としての中学校社会科の現状

 中学校になると、社会科は歴史、地理、公民の教科に分かれる。「中学校学習指導要領」では、自然災害と防災は地理で取り扱うことになっている。内容は、同学習指導要領によれば、地理の内容として、(2)日本の様々な地域の中の、イ 世界と比べた日本の地域的特色の(ア)自然環境として、「世界的視野から日本の地形や気候の特色、海洋に囲まれた日本の国土の特色を理解させるとともに、国内の地形や気候の特色、自然災害と防災への努力を取り上げ、日本の自然環境に関する特色を大観させる。」のように記述されている。そして、「中学校学習指導要領解説 社会編」の第3章指導計画の作成と内容の取扱いでは、小学校第5学年の教科内容との関連及び各分野相互の有機的な関連を図ることと記してあるが、中学校では自然環境の中で説明されている。そして「中学校学習指導要領解説 社会編」では、つぎのように記されている。「自然災害の面からみると地震や台風などの多様な自然災害の発生しやすい地域が多く、そのため早くから防災対策に努めてきたといった程度の内容を取り扱うことを意味している。」
 この程度の内容では、とても防災教育の一環といえるものでなくなっていることに気がつく。せめて、地震と台風だけでなく、すべての災害の特徴くらいは紹介すべきであろう。また、中学校の歴史においては、近世の日本のところで、「社会の変動や欧米諸国の接近」については、貨幣経済の農村への広がりや自然災害などによる都市や農村の変化に着目し、近世社会の基礎が動揺していったことに気付かせるとともに、…」の表現中、自然災害という単語が入っているだけである。
 自然災害の特徴は二つある。一つは地域性であり、ほかの一つは歴史性である。前者は、たとえば、アドリア海北部(ベニス)、ベンガル湾岸、メキシコ湾岸、有明海、大阪湾などの高潮は地域性をもっているということである。また、歴史性というのは繰り返すという意味である。東海・東南海・南海地震はその典型であって、684年に発生したことが日本書紀に書かれて以来、確実に8回は起こっている。たとえば、嘉永7年に発生した東海・南海地震は、被害が全国的に波及したので、年号が嘉永から安政に改元された。したがって、現在、これらの地震は安政東海、安政南海と呼ばれている。このように、歴史的に繰り返し起こってきた巨大災害は、社会的に大きなインパクトをもっていたにもかかわらず、その存在が不当にも歴史研究者に無視されてきた事情がある。
 したがって、中学校の地理や歴史で自然災害がもっと取り上げられてしかるべきことに気づく。ちなみに、中学校学習指導要領では理科の内容に関する文章中、「自然災害」という言葉は一度も出てこない。保健分野で「自然災害による傷害」が二度出てくるだけである。これでは、自然災害のメカニズム、すなわち、起こり方をまったく学ばずに高等学校の教育にゆだねることになろう。

3.防災教育としての高等学校社会科の現状

 高等学校では、社会科は、世界史、日本史、地理、現代社会、倫理、政治・経済に分かれる。その内、地理Aでは、2 内容の(2) 生活圏の諸課題の地理的考察として、イ 自然環境と防災のところで、「我が国の自然環境の特色と自然災害とのかかわりについて理解させるとともに、国内にみられる自然災害の事例を取り上げ、地域性を踏まえた対応が大切であることなどについて考察させる。」としている。そして、3 内容の説明で(ウ)として、「日本では様々な自然災害が多発することから、早くから自然災害への対応に努めてきたことなどを具体例を通して取り扱うこと。その際、地形図やハザードマップなどの主題図の読図など、日常生活と結び付いた地理的技能を身に付けさせるとともに、防災意識を高めるよう工夫すること。」となっている。
 社会科では、以上述べた内容で終わりである。しかし、東日本大震災が起こったとき、被災者を苦しめた内容は、まさに現代社会が抱える問題の数々であった。たとえば、避難所で発生した問題は、人権、災害時要援護者、ジェンダー、男女共同参画などであって、現代社会の内容と多くは合致するものであるが、自然災害との関係では一切触れられていない。
 それでは、理科において詳しく示されているかといえば、量的にそれほど多くない。第1 科学と人間生活のエ 宇宙や地球の科学の(イ)身近な自然景観と自然災害として、「身近な自然景観の成り立ちと自然災害について、太陽の放射エネルギーによる作用や地球内部のエネルギーによる変動と関連付けて理解すること。」としか書かれていない。そして、内容についても、「(イ)については、地域の自然景観、その変化と自然災害に関して、観察、実験などを中心に扱うこと。その際、自然景観が長い時間の中で変化してできたことにも触れること。「自然景観の成り立ち」については、流水の作用、地震や火山活動と関連付けて扱うこと。「自然災害」については、防災にも触れること。」と書かれているだけである。そして、具体的に地学において、地震と地殻活動の内容として、「…世界の地震帯の特徴をプレート運動と関連付けて扱うこと。また、日本列島付近におけるプレート間地震やプレート内地震の特徴も扱うこと。…」と書かれており、自然災害という言葉は一切出てこない。
 ここで示したように、高等学校においてすら断片的な知識の切り売り状態となっており。しかも、地震などのメカニズムに偏っており、冒頭に示した、②社会の弱いところを知る、③対策を知るに関する記述は皆無となっている。

4.社会科で防災教育を進めるときの重要な視点

 阪神・淡路大震災を経験した私たち防災・減災研究者の最大の反省は、研究の中心に被災者を置いてこなかったということであった。これは痛恨の極みであった。学問のいずれの分野でも、自分が書いた論文が、世界のトップ・ジャーナルに掲載されることは研究者の目標であり、それが評価につながった。しかし、この震災は、あまりの人的被害の大きさゆえに、また被災者の生活再建の難渋さゆえに、防災・減災の研究成果が被害の抑止や軽減に役立ってこそ価値があることに気づかせてくれた。防災・減災のトップランナーであった研究者ほど、この反省は強かった。研究成果の実践性が求められているのである。残念ながら、その点に気づかなかった防災・減災研究者も多い。だから、研究者間で格差が大きくなってきている。そこが一流と二流の違うところであろう。
 このような観点から文部科学省の学習指導要領や教育委員会などの指導書をみると、まだまだ不十分であることに気がつく。たとえば、一般論としての命の尊さや人と人との絆の大切さは、自然災害だけに重要なのではない。前述した交通安全問題でも病気と健康、福祉などでも重要であろう。これらはすべて私たち一人ひとりにとって重要なのである。だから、自然災害の場合、三つの「知ること」が重要だと指摘したが、その2番目の社会の弱いところに対する誤解がある。社会の弱いところとは、物理的に弱いところと社会的に弱いところであり、前者はライフラインや情報、経済などであり、後者の社会とは被災者となる、あるいはなった人びとの生活の意味なのである。
 阪神・淡路大震災の復興過程を系統的に調査してきた筆者らは、被災者はつぎの順序で、生活再建できないことに苦しめられてきたことがわかっている。それは、「すまい、人と人とのつながり、まち、こころとからだ、そなえ、行政とのかかわり、くらしむき」の7要素である。とくに、被災者にとっての生活再建は、最初の2課題、すなわち、すまいの再建と人と人とのつながりの維持・豊富化の二つが重要な要素を占めていることが明らかになった。これら7課題は東日本大震災でも変わらないと考えてよいだろう。すなわち、これら7課題に関する生活再建の視点が欠如していることがわかる。

5.社会科における具体的な津波防災教育の試み

 まず、カリキュラムへの具体的な配慮を示そう。和歌山県教育委員会では、2011年12月に「津波防災教育指導の手引」を県内小中学校の全教員6,400名に配布した。手引書は47ページで、災害時に子どもたちが自ら判断し、行動できるような指導内容に重点を置いている。群馬大学の片田教授が提唱する「想定を信じない」「最善を尽くす」「率先して避難する」という避難3原則を浸透させることを主眼に置いている。和歌山県教育委員会によれば、従来の防災教育用教材に比べて、実際の授業を想定した指導事例や資料集を盛り込むなど、具体的な点に特徴があるという。
 たとえば小学校3・4年生では津波避難場所の標識を提示して認識させたり、避難場所や避難方法を考えさせたりする学習方法を掲載。中学生では、東日本大震災時に津波浸水予測図を超えた津波が発生した事例から、予測図の意味を考える討論学習などに取り組むとしている。
 また、小学校から中学校までの全学年の学習内容を一冊に掲載することで、全ての教員が防災教育の意識を共有するとともに、継続的な指導ができるようにしている。学校の所在地によって予想される被災状況も異なることから、手引書を基に地域性を取り入れた防災教育を各学校で考えることにしている。2012年度には、教員による研究グループをつくって、さらに工夫を加えた教材や防災教育を展開していく方針としており、各学校でこの手引を1~6時間活用することになっている。
 具体的にT小学校では、1.学年別・教育目的別一覧表(縦軸は教育項目として、Ⅰ地震・津波を知る(内容的にはA 地震・津波の起き方を知る、B 津波の特徴を知る、C 避難の必要性を知る、D 津波の様々な特徴を知る)、Ⅱ対処行動を知る(A 地震から身を守る方法を知る、B 津波からの避難方法を知る、C 学校や自宅周辺の避難場所を知る、D 様々な避難方法を考える)、Ⅲ先人の経験に学ぶ(A 語り継ぐ責任)をとり、横軸は1年から6年までの各学年をとっているので、9×6=54のマトリックスになっている)および2. 学年別・教科領域別一覧表(縦軸は国語、社会、算数、理科、生活、家庭、体育・保健の7教科と、総合、道徳、特別活動、横軸は1年から6年までとっているので、10×6=60のマトリックスになっている)が作られている。
 社会科に関しては、つぎの内容である。
 <3年生> わたしたちのまちのようす…避難場所や避難施設、避難標識などの確認。
 <4年生> 地しんによるひ害を少なくするには…地震から身を守るための方法や非常持ち出し品などについてまとめる。
 <6年生> わたしたちのくらしと政治…災害が起きた時の人々の願いと、市や県・国の働きについて調べる。
 このようにT小学校では、津波防災教育を、国語、社会、算数、理科、生活、家庭、体育・保健の7教科と、総合、道徳、特別活動において実施していることがわかる。このような網羅的な取り組みが防災教育では必要なのである。

6.防災教育に関係する副読本と防災教材の例

 まず、副読本としては、兵庫県教育委員会が編集した小学校低学年用「あすにいきる」・高学年用「明日に生きる」の2冊が2012年度より兵庫県の全小学校に配布・設置されている(授業で各児童・生徒が使うので、必要な冊数は各学校に常備してある。中学校、高等学校用の2種類は2012年度中に完成し、2013年度から使用予定)。この副読本は筆者が委員長となって、前出の片田教授など13名の防災教育副読本作成検討委員会の審議を踏まえて作成されたものであり、2011年東日本大震災を契機に従来の副読本を全面改訂したものである。
 さらに、中学生を主たる対象とした防災教材として、2013年3月の東日本大震災2周年に間に合うように作成中のものがある。防災教材「勇気をもって」と題するものであり、テキストとニュース映像を収録したDVDから構成されている。この教材は、NNN、読売新聞社、関西大学社会安全学部が共同で制作中のものである。テキストはA4版180頁、2編構成でその半分のスペースはカラー写真やイラストで構成されている。前編で対象とした災害は、地震、津波、火山噴火、台風、高潮、洪水、竜巻、土砂災害の8種類である。それぞれの災害は、たとえば、「地震の起こり方を学ぶ」「地震に弱いところを学ぶ」「地震への備え方(ノウハウ)(自助)」「地震の歴史(実例)を学ぶ」「命や災害について考える」の5節構成となっている。後編では、防災対策や防災教育の一般論を展開している。この防災教材は、教育や防災関連機関への配布などが予定されている。

7.将来の改善を目指して

 本小文で示したかったことは、社会科による防災教育に関して、小学校、中学校、高等学校の学習指導要領を例に示したように、この12年間で網羅的に内容が展開していないことである。また、内容の抜け、漏れ、落ちがないかどうかを第一級の専門家に検討してもらうことである。本来は和歌山県教育委員会が手引に示したように、各教科での分担を明示することであろう。防災教育を一部の教科だけで行うことは不可能である。一つの解決策は、防災を一つの教科として12年間で教える場合、どのような構成になるかを考えることだろう。そうすると、それを現在の様々な教科で教えると考えれば、教育内容が決定できるし、省かざるを得ない部分も出てくると考えられる。
 繰り返すが、私たち防災・減災研究者は阪神・淡路大震災で大きな反省を余儀なくされた。それは、研究は被災者のためにやるものであるということである。そして、東日本大震災で約1万9千名の犠牲者を数え、そこには小学生から高校生までの犠牲者471名も含まれている。この事実によって、人的被害を一人でも減らすために、防災教育の重要性を認め、それを実践することで二度とこのような悲惨な災害を繰り返さないことを約束したい。

河田 惠昭(かわた よしあき)
専門分野/防災・減災、危機管理
主要著書/『これからの防災・減災がわかる本』(岩波ジュニア新書、2008年)、『津波災害』(岩波新書、2010年)、『にげましょう』(共同通信社、2012年)など