旧学び!と美術

旧学び!と美術

言語活動を支援する造形教育
2010.11.17
旧学び!と美術 <Vol.41>
言語活動を支援する造形教育
伝えたいことと感じること
天形 健(あまがた・けん)
今月のPhoto:すくい上げてから「ヨッ!」とハリセンボンに挨拶してみたのですが、私たちとは逆に、空気中ではよく見えていないのかも?(串本町)

今月のPhoto:すくい上げてから「ヨッ!」とハリセンボンに挨拶してみたのですが、私たちとは逆に、空気中ではよく見えていないのかも?(串本町)

 表現には、伝えたい対象者・受容者が必ずいることについて、以前に触れたことがあります。(Vol.32「幼い頃の小さな不思議体験」など)
 各地の研究会で「言語活動の充実」がテーマとなり、図画工作科や美術科が果たす役割について話し合うのを聞いていて、また、そのことが私の中で再燃してきました。美術教育における言語活動の充実を考えるとき、国語科の時間不足を補うような語彙力や文章力を支援するだけでは、美術教育の特性が生かされていない、また、理解されていないと感じられたからです。言葉遣いや漢字の誤りなど、言語の基本についての指導は、多くの教科で、また多くの場面で、すでに行われてきたのではないでしょうか。
 造形的な表現活動が、その特色を生かして言語活動を充実させるための指導と評価のあり方について、再考の必要がありそうです。
 資料「言語活動の充実と美術教育(PDF:174KB)」の中で示したのは、言語活動に関する国語科との連携についてです。文字が「茶」の部分は、言語力の基本学習から始まり、豊かな言語表現に至るまで、国語科に課された学びの構造です。ひらがな、カタカナ、漢字、イントネーションという多重構造をもつ日本語は、外国人にとって非常に難しい言語であると言われています。それは母国語として学ぶ子どもたちにとっても同じでしょう。その日本語の複雑さは、一方で多様な表現を可能にしているのですが、短歌や俳句として表現するのは、私たちにとっても簡単なことではありません。
 文字が「青」の部分の上段は、国語科と美術科が共有する語彙力など学ぶ段階を示しています。語彙の獲得は、多くのイメージや概念を提供し、思考や発想、推察などの能力を高めます。そして、美術教育には、独自の語彙があり、デザインやグラデーションなど、日常語として一般化しているものも少なくありません。

まなびと美術vol041_09

作品(1)

まなびと美術vol041_10

作品(2)

まなびと美術vol041_06

作品(3)

まなびと美術vol041_08

作品(4)

まなびと美術vol041_07

作品(5)

まなびと美術vol041_11

作品(6)

 次の段で示した「赤」色の「主題意識の転換」が、今回の主題点となります。
 “上手に描けることより描くことを好きにさせる指導と評価によって、表現の機会が増えることを期待し、発想力を高めたり、表現力を上達させたりする”という、これまでの美術教育の教訓を生かすと、言語活動が充実するには、話そうとしたり、書こうとしたりする衝動を生む働きかけが大切ということになります。それには、話したくなる心情や書きたくなる情況を授業の内外で演出する必要があります。
 造形的な表現活動や作品は、その力を内包しています。
 表現の意図や作品ができるまでの苦労、そして、完成した作品には、伝えたい対象者や贈りたい受容者が、必ずいるからです。自己陶冶のために、自己満足のためだけに作品は表現される訳ではありません。仲間と価値観を共有したり、工夫のヒントを得たりしながら個々のセンスが形成され、他者の個性や置かれている情況を理解したり、思いやったりできる能力が育つと考えられます。
 授業の導入や表現の構想を練る主題意識の段階で、飾る場所や贈る相手を想定し、描いたり、創ったりしてみれば、子どもたちの中から言語活動充実の基礎となる“話してみたい気持ち”や“聞いてみたい心情”が起こると思われます。会話の少なくなった家庭に作品という石を投げ込めば、その波紋はコミュニケーションとなって広がるでしょう。

 そのような視点で見ると、参考になる作品を教科書にたくさん発見できます。そのいくつかを中学校の教科書から取り上げてみました。
 作品(1)を水彩額に入れると、枯れることのない「美」として、家族を玄関で迎えるでしょう。画用紙の大きさも飾りたい場所や壁面の広さで選ばせてもいいのです。
 作品(2)は、モダンな住宅の一輪ざしとして書棚を飾るのか、おじいちゃんへのプレゼントとしてセンスが生きるのか、その後が楽しみです。
 作品(3)は、廃品を宝物に変身させたのです。誰もが欲しくなります。「取って置きのプレゼント」として、誰に贈ろうか悩むところでしょう。
 作品(4)は、幼い妹や弟がいる生徒なら、材料をアクリル板にせず、和紙のような柔らかいものを選んだかもしれません。
 作品(5)(6)は、どちらが田舎のおばあちゃん家にお似合いですか。クリスマスを楽しみにしながら制作する生徒は、電話で話すことを思いながら、いつもより集中していたことでしょう。(5)を贈る相手は、お母さん以外に考えられないかな。

 人と人をつなぐのは言語ばかりではありませんが、造形作品からの他者へのアプローチがコミュニケーションを生み、言語活動が充実する素地を提供すると思いませんか。

導入事例Case30

中学校2年『素材を生かして光をアートする0』~生徒のつぶやきを拾う授業~(10時間)
日本文教出版2・3上「光の表現・光の演出」
*本題材は、独自の工夫を凝らして光の演出を創造する題材です。ベースとなるライト部分は技術科、家庭科で制作し、ランプシェードの部分を美術科で制作しました。

◎主な材料

  • 和紙、セロハン紙、はさみ、カッター、接着剤、針金、ペンチなど
  • 地域の野山で調達したアケビの蔓などの自然材
  • 家庭で不要となった容器やホームセンターなどで発掘した素材

◎導入の工夫

 導入では、太陽系や地球の誕生から光について話し始めます。地球と月の関係、昼と夜の光、透明な光には沢山の色が入っている事をプリズムや虹を例に説明します。
 どこからか小さな「つぶやき」が聞こえます。
 「そんな事どう関係があるの?」
 私はにんまりとし、生徒に変化球を投げます。
 「外国で落盤事故があって閉じ込められた事件あったね。光を失った33人が、ある日、助けの一条の光を暗黒で見いだした時、どんなだったろう?」
 繰り返し報道でされている映像を思い出します。光の果たす役割は、計り知れない事を認識することは難しい事ではありません。
 そこから、自分のつくりたい光はどんなものか、真剣に考え出すことを期待します。
 様々な材料に触れさせると、また「つぶやき」が聞こえます。
 「イメージは、こんなじゃないよな。色はどうする?」
 すでに自分の頭の中では、構想が生まれつつあります。
 ここでワークシートを配り、自分の考えを明確にさせます。
 記述から自らのイメージや決意、方法、材料、見通しがつくからです。
 この時の生徒の「つぶやき」も逃さず書き留めます。
 「大変だな。誰と材料を探しに行こうか。山にでも行って調達か?」

◎生徒のつぶやきを授業に生かす工夫

 私は、生徒から学ぶべきことが多いと考えています。
 生徒は表現のもととなる要素を「つぶやき」として発信しています。
 また、つまずき悩んでいることを気づかせてくれるのも「つぶやき」です。
 互いに認識を共有するために、他の生徒がひらめくために、そして教師が次の授業のヒントを得るために「つぶやき」をメモし、指導に生かそうとしています。
 彼らの小さな「つぶやき」は、千金に値します。

光をアートする01:「この流木の生かし方は?」

光をアートする01:「この流木の生かし方は?」

光をアートする02:「和紙って光をきれいにするのね!」

光をアートする02:「和紙って光をきれいにするのね!」

光をアートする03:「クラフトテープも捨てがたい!編み込みできるの?」

光をアートする03:「クラフトテープも捨てがたい!編み込みできるの?」

光をアートする04:「わりばしの重ね方の工夫は?ずらす?」

光をアートする04:「わりばしの重ね方の工夫は?ずらす?」

(K先生の実践から)