旧学び!と美術

旧学び!と美術

マンガ力
2010.06.17
旧学び!と美術 <Vol.37>
マンガ力
広がる美術への道
天形 健(あまがた・けん)
学び!と美術37_01

今月のPHOTO:キリストには鬚があった。訪れるたびに新たな感動があります。
「ピエタ」(ミケランジェロ、サンピエトロ寺院)

 大学で美術科を専攻したり、美術の教員になられたりした方々が「美術」を選択した理由は何だったのでしょう。図工の時間に描いた絵が入選したり、中学校で美術部に入部したり、美術を生涯の連れ合いとする素地が幼い頃からすでにあったのかもしれません。
 美術を得意にしていた高校生が必ずしも美術を志したとは限りませんが、一般的な高校においては、美術の道を選ぶ高校生は、おおよそ1%に過ぎないのではないかと考えています。
 私が高校卒業時に美大進学を考えたきっかけや、美術への道を志した原点は何だったのかを改めて考える時があります。私の場合は、育った家に美術環境と言えるものはほとんどありませんでした。父や兄が、私より絵が上手だったことも少なからず影響したのかもしれませんが、家族から大切にもされず大掃除のときに時々目にした「鯵」の絵が唯一美術環境だったのかなと思う程度です。
 そんな自らの美術ルーツを探ってみると、真っ先に、山川惣治の『少年ケニヤ』(発行:角川文庫)がその原点として浮かび上がります。

 『少年ケニヤ』は1951年から5年間、当時の『産業経済新聞』(現:産経新聞)に連載されていました。
 小学校入学間もない私の就寝時に祖父が読んでくれた『少年ケニヤ』は、連載を編集して出版したものでした。絵と文章が交互にレイアウトされ、絵には吹き出しもなかったと思います。冒険心やアフリカへの憧れを抱きながら、ダーナ(大蛇)やライオンの絵に強く引きつけられたのを記憶しています。TVゲームもない時代ですから、遊ぶ友だちがいない日には、お気に入りのシーンを模写することが楽しみの一つでした。
 その頃から、私や私たち世代が、マンガ文化から大きく影響を受けてきとことは否定できません。電車の中でマンガを読みふける若いサラリーマンが話題となったことがありましたが、私たちも『鉄人28号』※1や『鉄腕アトム』※2に夢中になり、高校の頃は『カムイ伝』※3に心酔した世代でした。人前でマンガを見ることが少なかったとは言え、マンガ文化とともに育ち、学んだ紛れもない世代です。
 マンガは子どものものというイメージは、私たちの頃から薄らいでいたように思います。
 大学生になっても、仲間とともに「週刊少年マガジン」(発行:講談社)や「週刊少年サンデー」(発行:小学館)を毎週心待ちにし、回し読みをしました。『あしたのジョー』※4の矢吹丈と力石徹の死闘は、当時の大学生にとっても最大の関心事でした。
 就職後、しばらくはマンガを手にする時間がないと思われたのもつかの間、生徒たちから『DRAGON BALL』※5と『ろくでなしBLUES』※6を教えられ、生徒との話題になっただけでなく、美術や道徳の時間の教材として取り上げたりしたものでした。『DRAGON BALL』に登場するクリリンや魔神ブーは生徒の心理を照らす存在でしたし、『ろくでなしBLUES』の前田太尊が時折見せる男の優しさは、私の説教より生徒には説得力があったようです。いずれも作者から当時の子どもたちへのメッセージとしてのマンガ力を感じたりしました。
 その後、多忙な日々の中、久しくマンガ文化から遠ざかっていましたが、21世紀を迎えて、長いマンガとの付き合いからヒットの予感を感じたのが『20世紀少年』※7でした。主人公ケンジ達は、私より10歳下の世代ですが、『20世紀少年』を授業などで取り上げた先生はいたのでしょうか。

 教科書に「漫画」が題材としての確かな地位を得たのは、平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」(発行:日本文教出版)からだと思います。「漫画」と「マンガ」には微妙な差異はありますが、参考作品として取り上げられている「漫画」の中で「マンガ」も強い存在感を示しています。

 美術への入り口は多様であり、「美」をめざす道程はその時代を照らしながら多方に広がり続けています。
若い世代を見てもそのエネルギーはますます拡大していくことを暗示しています。子どもから大人、そして高齢者まで、また、民族や言語文化を超えて共生する人々の心をつなぐ役割を果たしながら、表現力と伝達力をもった造形表現として、マンガ文化は拡大を続けるのでしょう。
 そして現在も、私がそうであったように、マンガをきっかけに多くの子どもたちを「美術の道」へ誘い続けていることは確かです。

学び!と美術37_04

平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」P.5~7

学び!と美術vol037_05
平成14~17年度用中学校教科書「美術2・3上」

導入事例Case24

中学校1年『美術科ガイダンス』(1時間)
 *年度はじめの授業で、挨拶や自己紹介の後に行う美術科ガイダンスの題材です。

◎主な材料

  • 教科書
  • 美術資料
  • オリエンテーション資料プリント
  • 参考作品5点

◎導入の工夫

T:(「幸せ」と板書して)「幸せ」について考えたことがありますか?
T:どんなときに「幸せ」を感じますか。
C:おなかが空いている時の一杯のラーメン。
C:練習を続けてきた競技の大会でいい成績がでたとき。
T:「幸せ」が「ある」というのは、ピンとこないかもしれません。
「幸せ」は物質や物体として存在するものではなく「感じる」ものだからです。
「美」もこれと似ています。それは「脳」の中の働きですから、強いていえば、「幸せ」や「美」は「脳」の中にあるということになります。
C:「うれしいな~」も、「すてきだな~」も、「きれいだな~」も同じ?
T:「作家が心と技術を込めて作った美術品」は美術館などにありますが、「美(美しいな~と感じる働き)」は、人の脳の中で、美しいと感じたときにだけ存在する、大切な働きです。
T:その時に必要になるのが、「感性」と呼ばれる「感じる心」と、「不愉快なものよりも、よりよいものや美しいものに目を向けようとする態度」です。
美術科は、描いたり作ったりする作業を基本として様々な能力の向上も目指しますが、もう一方では、「よいものを見て感じ、幸せを感じて生きていく態度」の訓練になって欲しいと思っています。
T:私たちの脳は、これらの作品から、多様な感性を感じることができます。
では配られたプリントを見て下さい。

学び!と美術37_03 学び!と美術37_02

(T先生の実践から)

※1 著:横山光輝 連載:月刊誌「少年」1956~1966年 発行:光文社
※2 著:手塚治虫 連載:月刊誌「少年」1952~1968年 発行:光文社
※3 著:白土三平 連載:月刊誌「月刊漫画ガロ」1964~1971年 発行:青林堂
※4 著:ちばてつや 連載:「週刊少年マガジン」1968~1973年 発行:講談社
※5 著:鳥山 明 連載:「週刊少年ジャンプ」1984~1995年 発行:集英社
※6 著:森田まさのり 連載:「週刊少年ジャンプ」 1988~1997年 発行:集英社
※7 著:浦沢直樹 連載:「ビッグコミックスピリッツ」1999~2006年 発行:小学館