小学校 道徳
小学校 道徳

1.はじめに
平成30年度から完全実施となる「特別の教科 道徳」に向けて、授業方法や評価についてさまざまな取り組みが行われている。私は週1回の道徳の授業を子どもたちと共に考え、つくり上げていくことを大切にしたい。そして年間35時間の授業を確実に行っていきたい。
2.実践紹介
(1)主題名 「自分が正しいと思うこと」 A[善悪の判断、自律、自由と責任]
(2)教材名 「よわむし太郎」(出典:日本文教出版「新・生きる力」)
(3)主題設定の理由
A ねらいとする道徳的価値
私たちの周りには生き方についてさまざまな選択肢があり、常に自分の判断のもとに問題解決を図りながら行為を選択して生きている。そして、その判断基準は、今までの人生経験や置かれている環境、周囲の人とのかかわりなどによって培われたものである。
今、私たちが置かれている社会で主体的に生きていく上では、よいこと悪いこととの区別が的確にできるようにすることは重要である。また、自分が正しいと思うことを自らの力で判断し行動に移すことは、人としてもとても大切なことである。
しかし、そのような中でも、人は周りの状況やその時の自分の思いによって正しいと思うことを行動に移すことができなかったり、見失ったりすることもある。そのようなときほど、人に左右されることなく、自らの判断を信じ、それを行動に移す強い意思が必要である。
本授業では、中学年という発達段階において、自分が正しいと思うことを行動に移すことの大切さや、自らを信じることのよさについて考えさせたい。そして、どのような状況におかれてもその思いを貫き通す強さにも気付かせたい。
B 児童の実態
学校や学級という多くのかかわり中で、児童は「正しいこと」「正しくないこと」について、日々実感している。そして、“正しい行動をすることで、自分もみんなも気持ちよく生活することができる” “正しくないことをすると、自分だけでなくみんなが困り、悲しい気持ちになる”ということも、生活経験から学んでいる児童も多い。
また、事前に、「自分が正しいと思ったことは、自信をもって行うことができるか」というアンケートを実施した。「できる」と答えた児童が19人/27人中、「できない」と答えた児童は8人/27だった(※座席表指導案参照)。正しいことをしようとする気持ちが全体的に強いと考える。しかし、実際の生活では、「できない」と答えた児童と同じように行動に移すことの難しさも感じているはずである。周りに流されてしまったり、自分の弱さに負けてしまったり、また、そのときの状況や相手によって気持ちや行動が変わってしまったりすることもある。
本授業では、自分自身を見つめながら、自分が正しいと思うことを行動に移すことの大切さを改めて感じとらせたい。そして、自らの力を信じることや心の強さにも気付かせ、自信をもって行おうとする気持ちを育みたい。
C 教材について
ある村に「よわむし太郎」とよばれる男がいた。ある日、この国の殿様が村へやってきた。狩好きな殿様は、子どもたちとよわむし太郎が大切に世話をしていた白い鳥を討とうとする。その時、太郎は殿様の前へ立ちはだかった。そして、大きな涙をこぼしながら鳥を助けるよう頼み、最後まで鳥を守った。
子どもたちのため、自分のために、自らが正しいと思ったことを行動に移し、最後までその思いを貫き通した太郎。その姿から、相手がどのような立場の人であっても、自分を信じ、正しいと思うことを行動に移す気持ちの強さ、そしてその大切さを感じることができる。
本授業では、太郎の気持ちを考えることを通して、どのような状況においても、自分が正しいと思うことを自らの力を信じて行っていこうとする気持ちを育みたい。
(4)授業の工夫
○児童の主体的な学びに近づけるために
「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」の2-(3) (3)児童が自らの道徳性を養う中で、自らを振り返って成長を実感したり、これからの課題や目標を見付けたりすることができるよう工夫すること。その際、道徳性を養うことの意義について、児童自らが考え、理解し、主体的に学習に取り組むことができるようにすること。 (小学校学習指導要領 第3章 特別の教科 道徳より)※下線筆者 |
≪主体的に取り組むために大切なこと≫ (小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編より) |
授業では、主体的に学習に取り組むことができるよう、以下の手立てを考えた。
◆児童の課題意識や課題追及への意欲を高めるために、「考えてみたい」「気になる」「他の友達はどのように思うのだろう」という気持ちを大切にしたい。そのために、児童自らが感じる「問い」と教師が本時のねらいとする道徳的価値とを関係づけながら、教師が本時の課題を設定する。
◆物事を多面的・多角的に捉えることができるよう、話合い活動の時間を確保する。
話し合うことは、自分自身の考えをより明確にしたり、相手の考えを深めたりすることができる。その話合いを深まりのあるものにするために、本学級では「つなぎ言葉」を活用している。
【児童の発言例】 |
教師も児童の発問をさらに深めるために、切り返しの発問も意識している。
【教師の発問例】 |
◆児童自らの生活を振り返ることができるよう、「心のノート」を活用する。
「心のノート」は、主に道徳の授業で自分の生活や考えを振り返るときに活用している。児童の思いや考えを書き残すことができるとともに、いつでも今までの自分を振り返ることができる。継続的に取り組むことで、児童の成長も感じることができる。
(5)評価
「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を(広い視野から)多面的・多角的に考え、自己(人間として)の生き方についての考えを深める」という学習活動における児童生徒の具体的な取組状況を、一定のまとまりの中で、児童生徒が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を適切に設定しつつ、学習活動全体を通して見取ること。 (小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編より) |
≪大切なこと≫ (小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編より) |
本時では、道徳的価値の理解と自分自身との関わりの中では、「心のノート」を活用し、今までの自分やこれからの自分を見つめさせる。また、児童の「自己評価」を取り入れる。本時の授業への取り組みや、自分の考えを伝えることができたか、また、友達の考えから自己の見方が広がったかなどを評価する。
◆評価の方法として
・発言(話し合い)・心のノート・自己評価を活用して児童の考えについて評価する。
「自己評価」については、5つの項目の中から、特に今日の授業でがんばったことや学んだことを2つ選ばせる。
□ 自分の考えをもち、進んで伝えることができた。 |
これらを継続的に行い「個々の内容項目ごとではなく、大くくりなまとまりを踏まえた評価」「成長を励ます個人内評価」につなげていきたい。
「よわむし太郎」 教材分析表
A 場面の概要・keyword |
B よわむし太郎の内面 |
C 発問 |
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①1行目~3行目 |
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②3行目~13行目 |
・やっぱり子どもはかわいい。 |
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③14行目~21行目 |
・子どものためにも、この鳥を大切にしよう。 |
基本発問 |
④22行目~29行目 |
【との様の内面】 |
|
⑤30行目~38行目 |
・何をするんだ。・やめてくれ。 |
|
⑥39行目~42行目 |
・なんとしてでも、この鳥を守るんだ。 |
|
⑦43行目~45行目 |
・子どもたちが世話をしている鳥を、どうかうたないでくれ。 |
中心発問 |
⑧46行目~47行目 |
・最後まで、あきらめないぞ。 |
|
⑨48行目~50行目 |
・鳥を守ることができて、本当によかった。 |
|
⑩51行目~54行目 |
・鳥を守ることができて、よかった。 |
基本発問 |
⑪55行目~56行目 |
(6)学習指導過程
A 本時のねらい
自分が正しいと思ったことは、自信をもって行おうとする道徳的心情を育てる。
B 本時の展開
学習活動 |
・指導上の留意点 ◇評価 |
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導 |
1 「自分が正しいと思うこと」について話し合う。 |
・日常の生活で、正しいことだと分かっていてもなかなか行動に移せなかったり、勇気をもって伝えることができたりしたことを想起させる。 |
展 |
||
3 今までの自分を見つめる。 |
・「心のノート」を活用する。 |
|
終 |
4 教師の説話を聞く。 |
・担任の中学生のときに、自分が正しいと思って行動に移したときの話をする。 |
3.授業記録
【導入(学習問題作り)】
T | 自分が正しいと思うことを相手に伝えたり、行動に移したりできますか。 |
C | 自分で考えはあっても、なかなか言えないなあ。 |
C | 言えるときと言えないときがある。 →「言えるときと言えないときがある」という児童の発言から、相手が「友達だったとき」「自分より年が上だったとき」と条件を設定し、その場合の気持ちを問いかけた。また、伝えようとする気持ちを共有するために、視覚的にもわかる「心情円グラフ」を全体で活用した。 |
T |
友達が何かいけないことをしていたときに、自分だったら教えるよという気持ちはありますか。 |
C | 3分の2くらい。 |
C | 4分の3くらい……。 |
C | 友達だったらできるかも。 |
T |
では、相手が自分より年上、大人だったらどう? |
C | もっと青(できない)が多い。 |
C | やっぱり心の中ではだめだよって思っているけど、それをさすがに言えない。 たとえば、ベンチを独り占めしている人に心の中では言えるけど、実際は言えない。 |
C | いやできる! |
T | 人によると思うけど……今友達だったらこれくらいできるって言っていたけど(円グラフ確認)、知らない人や大人だったら(円グラフ確認)これくらいかな。 |
C | 青の方が多いね。 →円グラフを活用して全体で確認をし、友達だったら言えるが、大人だったらなかなか言えないことを確かめた。そして、本時の授業への問題意識をもたせるために、次の発問をした。 |
T |
「正しいことを伝える」ということは、大切なことではないですか? →円グラフで、「正しいことは相手によってそう簡単に言うことはできない」という児童の思いと、「正しいことを伝える大切さ」という道徳的価値への意識で児童は迷い始めた。 |
C | 年上の人たちに言えば直ると思うけど、言おうとしても言い返されちゃうかもしれない。 |
C | 大人っていう考えだとちょっと違うのですけど、知らない人だとちょっと違う気がする。 |
T | 何が違うの? |
C | できるっていうところが違う。知らない人にはなかなか言えない。 |
C | 友達とか家族、知っている人なら気軽に話せるけど、知らない人や初めての人はそんなに話せないから、いくら正しくても言えない。 →児童の「伝えることは大切だとわかっているが、なかなか言えないときもある」という思いに共感しながら、本時の課題を提示した。 |
| |
教材範読後、児童の思いを問いかけた。 | |
T |
どんなことを感じたり考えたりしましたか。 |
C | 相手が殿様なのに、太郎はすごい勇気がある。 |
C | 殿様なのに、しかも「お前もいっしょに射ってしまうぞ」と言われている中で、動かずに立ち向かえる太郎がすごい。 |
C | 子どもたちにいたずらされていて普通に強い人だったら言い返すのに、太郎は笑って相手をしていたから本当に強い人、すごい人なんだなって。 |
C | どうしてよわむし太郎は子どもにいたずらされていたのにニコニコしていたんだろう。 |
C | なんで殿様の前でも立ちはだかることができたのかな。 →児童から教材に対しての気になること「殿様に言われても立ちはだかった太郎」「子どもたちからいたずらされても怒ることをせず、ニコニコしていた太郎」それはどのような思いからか、なぜそのようなことができたのかという思いがあった。 これらは、教師が本時の授業でねらうところでもあり、中心発問として「殿様に言われてまで立ちはだかった太郎の思いとは」について十分に触れることにした。 |
【展開】
T | 太郎は、子どもから言われてもニコニコしていたよね。いやじゃなかったのかな。 |
C | 太郎は子どものことが好きだから。子どもに言われても我慢ができた。強い人ほどやさしい。 |
C | 子どものことだから仕方がないと思ってまったく怒らなかった。よわむし太郎は子どもが好き。子どもが悲しむ姿は見たくなかった。 |
T | その太郎は、子どもたちと一緒に白い鳥を世話していたね。どのような気持ちで世話をしていたのだろう。 |
C | 太郎は、子どもが好きだし、みんなと一緒に育てようと思っていた。 |
C | 子どもが好きで、鳥がいれば子どもが喜んでくれる。 |
T | 子どもが好きだからという気持ちが強いのかな。 →太郎の「子どもが好き」という思いを押さえ、本時の中心発問を問いかけた。 |
T |
太郎は、白い鳥を大切に世話していました。そのような中で殿様が来て、大切な白い鳥を撃ってしまおうとします。そのとき太郎は殿様に向かって、体全身で鳥を守りました。そして、「どうか助けてやってください」と言って大きな涙をこぼして殿様に頼みました。このとき、太郎はどんな思いで殿様の前に立ちはだかったのでしょう。 |
~ペアトーク~ | |
C | 動物の命をなくすのもいや。子どもたちの笑顔をなくすのものいや。だから守らないと。 |
C | 太郎は、撃たれるかもしれない恐怖はあったかもしれないけど、子どもが好きという気持ちの方が大きかった。 |
C | 鳥が撃たれるなら、自分の命は後でもいいと、一瞬そのときは思った。 |
T | 一瞬って? |
C | そのあとに、撃たれてしまったら終わりだけれど、その時はできる限りやろうと思った。 |
C | 自分が死んだら鳥も死ぬ。でも、自分の命も大切だけど鳥の命も大切。 |
T | 自分の命が撃たれたとしても守りたいくらい、鳥が大切ということかな。 |
C | 子どもたちの悲しい顔が見たくない。もし撃たれたら、子どもたちもどうしてあんなことをしたんだろうっていう気持ちになって悲しむ。太郎も、悲しい気持ちになる。 →子どもたちは、「太郎は子どもたちが好きだから」「動物を守りたい」という思いからこのような行動に至ったという考え多かった。 そこで、相手が「殿様」であることをもう一度おさえた。これは、導入で児童から発言があったように“たとえ立場の異なる相手でも、正しいことを伝えることができるか”という視点と重なる。また、ねらいとする価値にも迫ることができる。 |
T |
みんなは、動物の命、子どもたちの思いを守りたいという思いでこのような行動をとったといっているけれど、相手は殿様だよ。こういうこと簡単にできますか。 |
C | 言えない。絶対、言えない。 |
C | 太郎もさすがに、全部が全部そういう気持ちではなく、怖さはあったと思う。でも、本当にいやなことをされたら、本当に怖さを忘れることってあると思う。ぼくもそういうことある。 |
C | 子どもたちを笑顔にできるんだったら、何を言われても、何をされても、なんとか言おうという気持ちがあったと思う。子どもたちのため。鳥のために。 |
C | 白い鳥の命は、子どもたちの笑顔とつながる。その笑顔を守りたい。 |
C | 相手が殿様と忘れるくらい、そのときは鳥や子どもたちのことを考えていたのだと思う。 →児童は、たとえ相手が殿様であっても行動に移すことができた太郎の思いの強さを考えていた。また、怖さを忘れるくらい強く鳥を守ろうという気持ちであったことも児童は共感していた。 次に、その姿を見た村の子どもたちの思いを問いかけた。 |
T |
それを見ていた、子どもたちはどんな思いだったでしょう。 |
C | 太郎は勇気がある。だから、よわむし太郎ではない。 |
C | よわむし太郎といってごめんね。 |
C | 本当は勇気があってやさしい。 |
C | もうよわむし太郎とは言わない。強い太郎だ。 |
C | 殿様にも言えるなんて、ぼくたちにはできないな。 |
C | 勇気があってすごい。 →児童は、太郎の「勇気」「感謝」「優しさ」について、自分たちの思いを村の子どもたちの思いに重ねて伝えていた。特に、「勇気」は本時のキーワードでもあった。これは、本時の課題でもある |
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|
についての「大切なこと」につながると考える。 その後、太郎のように強い気持ちで正しいと思ったことを行動に移したことがあるかどうかを問い、自己を見つめさせた。 |
~児童の心のノートより~
○たまに、歩いていたりすると、ながらスマホをしていたり、音楽を聴きながら歩いている人を見る。いけないとわかってしてしまう。なので、太郎はやっぱりすごいと思う。
○わたしは太郎のようにえらい人や年上の人に向かって注意できたことはない。理由は、年上の人は自分よりも力が強いから。でも、クラスではだいたい言えることは言っている。そこをのばして太郎のように関係なく正しいことができるようにしたい。
【終末】
(教師が中学生だったころ、「いけないことはいけない」と思って行動に移した
4.考察
児童は「自分が正しいと思ったことは、自信をもって行う」ということについて、自分とのかかわりで多様な視点から考えていた。
本教材の太郎が考える「正しいこと」とは、「相手が誰であろうと、自分が守るべき大切なものを守り通すこと」であると考える。ここでは、相手が殿様であろうと誰であろうと、子どもたちが大切にしていた鳥を守り通すことである。自分の命までも討たれるかもしれない中、そう簡単にできることではないが、殿様の前に立ちはだかった太郎は、それだけ「勇気」「優しさ」そして「強さ」があることを全体で話し合うことができた。
また、教材を通して本時の課題である「自分が正しいと思うことを伝えるためには、何が大切なのか」を自分とのかかわりで考えることができた。児童は太郎の姿から「勇気」「優しさ」「強さ」の外にも「守るべきものがある」ということも伝えるための支えとなることに気付くことができた。そして、「自分もそうでありたい」というこれからの思いをもつ児童もおり、それぞれの納得解を感じることができた授業だった。
今後も引き続き児童の思いを大切にしながら、児童が物事を多面的・多角的に考え、道徳的諸価値の理解と自分自身との関わりの中で深めることができるよう授業を工夫していきたい。