学び!とシネマ

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パリ20区、僕たちのクラス(2008年・フランス)
2010.06.04
学び!とシネマ <Vol.50>
パリ20区、僕たちのクラス(2008年・フランス)
中学校の先生へ見てほしい
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C) Haut et Court - France 2 Cinema

(C) Haut et Court – France 2 Cinema

 まだ学生のころ、ある私立の中学校で、社会科の教育実習をしたことがある。2週間ほど、40人ほどの生徒たちと、朝から終業まで、同じ時間を過ごす。自由闊達、のんびりした校風のせいか、ある数人を除いては、みんないい生徒たちだった。しかし、ある数人のうちのひとりの男の子は、折りにふれて、いろんな決まりごとを無視する。終業時の掃除はしない。ことごとく反抗的、クラスでも浮いた存在のようであった。
 授業のあとの掃除の時間、掃除当番の彼は、何もしないで突っ立っているだけ。いまなら大問題になったかも知れないが、たまりかねて樹脂製のちりとりで、彼の頭を殴った。驚いた彼は反抗の意志を示したが、そこはまだ中学生。その場だけのハプニングで終わった。彼とは実習が終わっても、しばらくつき合いが続いた。

(C) Haut et Court - France 2 Cinema

(C) Haut et Court – France 2 Cinema

 そのような思い出が、ふとよみがえるような映画「パリ20区、僕たちのクラス」(東京テアトル配給)を見た。
 舞台はパリ20区にある中学校。20区は、いろんな国からの移民たちが多く住んでいるところ。母国語を持ちながら、フランスで暮らす人たちの子どもたちが、中学校に通っている。この地区は、恵まれた人たちが住んでいるところではない。アフリカやアジアなどからの移民たちでさまざまである。
 先生になって5年目、まだ若い国語(フランス語)の先生フランソワ(フランソワ・ベゴドー)と、24名の生徒たちの一年が、ドキュメント・タッチで描かれる。
 大きな暴力事件や、ひどいいじめはないものの、生徒たちはどの先生にもかなり反抗的である。フランソワがむきになればなるほど、フランソワの揚げ足を取る。
 フランソワが宿題を出す。自分の紹介を書く、というものである。ジュリエットは「13歳の私に語ることはない」。「沈黙より軽い言葉は発するな」と腕に入れ墨をした黒人のスレイマンは「僕のことは僕にしか分からない」。
 また、アンネ・フランクの「アンネの日記」の授業をふまえたリュシーは「私たちの人生はアンネと比べて面白くはない」。
 文法の接続法半過去を習ったアンジェリカは、「こんな古い話し方は、おばあちゃんでもしません」。

 あるときから、フランソワとの仲がうまくいかなくなったクンバは「国語の授業で、家族や生理のことなどは話しません」といった手紙をフランソワに送ったりする。
 ふだんは、サッカーの好きな、どこにでもいるふつうの幼い中学生たちである。しかし、教師たちと渡り合う会話は、もうすでに大人の世界に足を踏み入れている。
 フランス語はまだ苦手なのに、優秀なアジアの子もいる。ラッパーにあこがれているエスメラルダは鋭い。「警官は悪い人ばかり、だからいい警官になりたい。警官が無理ならラッパーになりたい」。
 このような生徒たちと、フランソワの1年が、丹念に描かれている。フランソワのちょっとした一言「ペタス」が、大問題になったりもする。フランス語の「ペタス」は、「娼婦」と「下品な」という意味である。結果、スレイマンの退学問題にまで事が大きくなる。

(C) Haut et Court - France 2 Cinema
(C) Haut et Court – France 2 Cinema

 いろんなことがあった一年。フランソワは、それぞれの写真を編集した記念文集を配布する。学んだのは、生徒たちだが、何よりも学んだのはフランソワかもしれない。
 ドキュメントと思いきや、本作は劇映画である。じっさいに教師だったフランソワ・ベゴドーの書いた「教室へ」(早川書房)が原作である。しかも、原作者が自身でフランソワを演じる。生徒たちもすべて、映画のための演技である。
 この奇跡のような映画は、第61回のカンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)を受賞。なめらかに、さりげなく、リアルに演出したのは、ローラン・カンテ。両親が教師である。
 日本の中学校の教室にいる先生たちに、ぜひ見てほしい。

2010年6月12日(土)、岩波ホールico_link にてロードショー

「パリ20区、僕たちのクラス」公式Webサイトico_link

監督:ローラン・カンテ
製作:キャロル・スコッタ、キャロリーヌ・ベンジョ、バルバラ・ルテリエ、シモン・アルナル
原作:フランソワ・ベゴドー「教室へ」(早川書房刊)
脚本:ローラン・カンテ、フランソワ・ベゴドー、ロバン・カンピヨ
撮影:ピエール・ミロン
編集:ロバン・カンピヨ
原題:Entre les murs
2008年/フランス映画/上映時間:128分
配給:東京テアトル