学び!とシネマ

学び!とシネマ

奇跡
2011.05.27
学び!とシネマ <Vol.62>
奇跡
二井 康雄(ふたい・やすお)
cinema_vol62_01

(C)2011『奇跡』製作委員会

 小さい頃から、「鉄道」が好きだった。車窓から、ポイントの切り替えや操車場を眺めたり、汽車やディーゼルカー、電車などの型式を調べたり、絵に描いたりした。お年玉をすべて使って、鉄道模型で遊んだ時期もある。以後、時刻表を熟読して、駅名を覚えたり、仮想旅行を立案したりと、鉄道にまつわる思い出は多い。東海道に新幹線が走ったころには、さすがにマニアではなくなったが、試験走行には出かけていった。そのような記憶が、「奇跡」(ギャガ配給)を見て、よみがえってきた。
 このところ、いくつかの日本映画を見ているが、本作は、出色の出来。主人公は小学生の兄弟だが、周囲のおとなたちを巻き込んで、笑って、ホロリとさせて、ハラハラする。そして、ほのぼのした結末に、すがすがしくなる。
 両親の離婚で、福岡と鹿児島に別れて暮らす兄弟がいる。兄の航一(前田航基)は、鹿児島にある、母、のぞみ(大塚寧々)の実家で、祖父母(橋爪功、樹木希林)と同居している。弟の龍之介(前田旺志郎)は、売れないギタリストの父、健次(オダギリジョー)と博多で暮らしている。

cinema_vol62_02

(C)2011『奇跡』製作委員会

 2011年3月12日、博多から鹿児島までの九州新幹線が、全線開通する。航一は、ある噂を聞きつける。全線開通する朝の一番列車は、博多から鹿児島に向かう「つばめ」と、鹿児島から博多に向かう「さくら」である。この一番列車が、時速260キロですれ違う瞬間に奇跡が起き、これを目撃すると、願いが叶う、というのである。
 兄弟は、日頃、携帯電話で情報を交換している。願いは、なんとか両親が仲直りして、再びみんなで暮らすこと。
 さっそく兄弟は、クラスメイトや、周りのおとなたちを巻き込んで、奇跡の実現に挑戦し始める。どうやら、新幹線のすれ違う場所は、鹿児島本線の川尻駅の近くのようである。
 航一は、さっそく龍之介に連絡する。大阪で暮らした家族四人の生活の復活を望む航一だが、龍之介は、いまの父との生活に懸命で、父のライブの受付をこなしたりしている。それでも、ガールフレンドを巻き込んで、兄との再会に向けて、計画を練り始める。
 おとなたちも、それなりに商店街復興を目指そうとする。酔っぱらいながらの話ではあるが、和菓子職人だった祖父は、飲み仲間から、新幹線の開業記念の「かるかん」を作るよう、励まされる。

(C)2011『奇跡』製作委員会

(C)2011『奇跡』製作委員会

 航一たちは、レアもののフィギュアを、祖父の力添えで売却、なんとか旅費を捻出する。あとは、いかにして、学校をさぼるか、である。とにかく、新幹線の開業前日には、目的の場所にたどりつかなくてはならない。
 一見、無茶な計画のようでもある。いよいよ、航一たちは、鹿児島から川尻へ、龍之介たちは、博多から川尻へ、それぞれ出発する。果たして、子供たち7名は、800系の一番列車「つばめ」と「さくら」のすれ違いを、ちゃんと目撃することが出来るのだろうか。  
 兄弟役の前田航基と前田旺志郎は、お笑いコンビ「まえだまえだ」で、実の兄弟でもある。まったくお芝居くささがなく、達者な演技を披露する。さりげなく交わされる子供たちの会話は、おとなの現実を鋭く見抜いて、じつに自然で、思わず笑いを誘う。善意に満ちたおとなたちの言動もまた、コミカルで微笑ましい。ひとえに、「ワンダフルライフ」や「誰も知らない」を撮った是枝裕和監督の、並々ならぬ演出力だろう。
 おとなには、かつて希望を信じた純粋さを、子どもには、一歩、人生に踏み出していく勇気を、映画「奇跡」は与えてくれるはずである。

2011年6月11日(土)より、新宿バルト9ico_linkほか全国ロードショー
6月4日(土)より、九州先行公開

■「奇跡」

監督・脚本・編集:是枝祐和
出演:前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリジョー、夏川結衣、阿部寛、長澤まさみ、原田芳雄、樹木希林、橋爪功 他 
主題歌:くるり「奇跡」(SPEEDSTAR RECORDS)
2011年/日本/127分/カラー/ヴィスタ/DTS-SR
配給:GAGA