学び!とシネマ

学び!とシネマ

ちいさな哲学者たち
2011.07.05
学び!とシネマ <Vol.63>
ちいさな哲学者たち
二井 康雄(ふたい・やすお)
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(c) Ciel de Paris productions 2010

 なぜ、フランスでは、「教育」をめぐっての、優れたドキュメンタリー映画が多いのだろうか? 「ぼくの好きな先生」、「パリ20区、僕たちのクラス」に続いて、またまた、フランスの「教育」関連のすてきなドキュメンタリー映画がやってきた。
 「ちいさな哲学者たち」(ファントム・フィルム配給)は、パリの近郊、ジャック・プレヴェール幼稚園が舞台。ここでは、3歳からの2年間、月に何度か、哲学のクラスが開かれる。
 フランスのある調査では、子供たちがネットなどでゲームをする時間が、平均5時間半という。信じられないが、恐るべき長さと思う。そのような事実もあってか、幼少のころから、自らの頭で考えさせようとする試みのひとつが、この哲学の授業、というわけである。
 さすがフランス。ルネサンス以降、モンテーニュ、パスカル、デカルト、ルソー、モンテスキュー、ヴォルテール、ベルクソン、サルトル、ボーヴォワール、デリダ、ラカンといった、錚々たる哲学者を輩出した国である。

(c) Ciel de Paris productions 2010

(c) Ciel de Paris productions 2010

 幼児クラスの担当は、パスカリーヌ・ドリアニという女性の先生。子供たちは輪になって座り、先生は、輪の中央に置いたローソクに火を点ける。いろんな国からの移民の子供たちだろう、アフリカ各国の黒人が多く、アジア系も目立つ。肌の色は違うが、差別などは一切、ない。カメラは、幼児たちの素直な言動を、丹念に捉える。
 先生は子供たちに問いかける。大人と子供の違いは? 友だちと恋人の違いは? 友だちは喧嘩するか? 兄弟は友だちになれるか? 頭がいいとはどういうことか? リーダーとは? 死とは何か? 愛とは? 男と女の違いは? 金持と豊かさの関係は? 自由とは? 大人は何でもできるか? などなど。 
 子供たちの発言は、さまざまである。いかにも子供らしいものから、大人顔負けの鋭いもの、常に両親や兄弟などの身近な家族と比較したりで、多種多様である。すぐに反対の意見を口にしたり、逆に質問をする子供もいる。
 初めは無反応だった子供たちだが、先生の巧みなリードで、子供たちは考え、語りはじめる。いまでは先生は聞き役、議論が脱線し始めると、さりげなくもとに戻す。興味がなくて、うとうとする子供もいるが、そこそこの議論に発展させる子供もいる。「他の人の話も聞けよ」と言ったりする。暴力を振るう子供もいるが、先生は静かに諭す。
 授業の後、友だち同士で話し合うこともある。ある女の子は、親に言う。「砂場でお友だちと愛と死について話をしたの」と。
 このような授業が、2年間続く。少しずつ、子供たちの目の輝きが増してくる。そして、「考えるのが好きだから」と言うほどの成長を遂げる子供もいる。
 なによりの効果は、授業についての親子の会話である。授業での話が、家庭にまで持ち込まれるのだ。

(c) Ciel de Paris productions 2010

(c) Ciel de Paris productions 2010

 子供たちは、繊細で柔らかなガーゼのようなものだろう。接し方ひとつで、いかようにも変わりうる。大人は、子供たちの話し合いを見守り、子供たちの疑問に、丁寧に答えることが重要だ。映画からは、子供たちが確実に成長し、子供たちに無限の可能性のあることが、じわりと伝わってくる。
 ちなみに、幼稚園の名は、シャンソンの「バルバラ」や「枯葉」を作詞し、映画「霧の波止場」や「天井桟敷の人々」など、多くの映画の脚本を書いた詩人ジャック・プレヴェールの名前にちなんだものと思われる。他にも、「星の王子さま」のアントワーヌ・ド・サン=テグジュベリ、「レ・ミゼラブル」のヴィクトル・ユーゴー、「嘔吐」のジャン・ポール=サルトルなどの名が、公立の学校名に冠されている。
 フランスは、「自由、平等、博愛」を標榜する国である。また、大学の入学資格試験のバカロレアにも哲学が課せられる。学校の名でさえ、文化人の名前が付けられる。「教育」をめぐる優れた表現が多いのも、頷ける。
 これは、教育に携わる日本の大人に見て欲しい映画と思う。が、なによりも、親子で見て、映画で語られたさまざまなテーマについて、親子で話し合うことができれば、よりいいのでは。

2011年7月9日(土)より、新宿武蔵野館ico_linkほか全国公開

「ちいさな哲学者たち」公式Webサイトico_link

監督:ジャン=ピエール・ポッツィ、ピエール・バルジエ
出演:ジャック・プレヴェール幼稚園の園児たち、パスカリーヌ・ドリアニ先生 
2010/フランス/97分/ヴィスタサイズ/ドルビーSRD
原題:just a beginning 
配給:ファントム・フィルム