学び!とシネマ

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天国からのエール
2011.09.30
学び!とシネマ <Vol.66>
天国からのエール
二井 康雄(ふたい・やすお)
(C)2011『天国からのエール』製作委員会

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

 高校生のころ、どんな音楽に熱中していたのか、大人たちとどんなふうに接していたかなどを、ふと思い出すような映画である。
 「天国からのエール」(アスミック・エース配給)は、沖縄のロック好きの高校生たちに、私財で音楽スタジオを作って、無料で提供する弁当屋のおやじの話である。実話である。おやじは、腎臓ガンを抱えているが、高校生たちには何も語らない。
 当然、おやじはいつか死ぬだろう、若者たちは成長していき、涙の別れが待つといった感動的なテーマだ。きっとお涙ちょうだい、とあらかじめ思ってしまう。ところが、これが抑制の利いた佳作、感動の押しつけがましさがなく、ユーモアも交え、サラリと描いて、いっそ清々しい。

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

 沖縄・本部町(もとぶちょう)。「あじさい弁当」を営む大城陽(阿部寛)は、母親、妻の美智子(ミムラ)、幼い娘の4人暮らし。近所の高校生たちが、お昼に弁当を買いにくる。
 高校生のアヤ(桜庭ななみ)は、同級生とロックバンドを組んでいる。練習する場所がないのが悩みである。アヤは、弁当を買いにきた折り、弁当屋の側の空き地を見て、ここが使えたらいいのに、と話している。
 それとなく聞きつけた陽は、高校生たちに音楽スタジオの提供を決意する。陽は思う。若いころには、まわりの大人たちが何かと面倒をみてくれた、それが、いまの若いもんにはないんや、と。
 スタジオが出来上がる。料金はいらない、設備は自由に使っていい、ただし、人としての姿勢、礼儀、秩序をわきまえること、と陽は宣言する。陽は、挨拶をしないメンバーに注意する。高校生たちは、陽のいろんな注意から、自らの規則をスタジオに張り出す。
 曰く、あいさつをしましょう!、赤点は絶対取らないこと!、人の痛みのわかる人間になれ!!、後輩には優しくおしえましょう!などなど。
 喧嘩が原因で、停学になっていたユウヤ(矢野聖人)が、バンドに復帰する。バンドの音楽は日増しによくなっていく。ハイドランジア(あじさい)というバンド名は、陽の弁当屋の名前だ。
 陽は級友を頼って、地域のFM局に働きかける。そしてその音楽が放送されるまでになる。ハイドランジアは、なんと、沖縄のロックフェスティバルに出場が叶うことになるが、陽の病状は進行していく。
 陽は何度も、「あきらめてはいけない」と言う。音楽好きの友人の死を経験した陽の、若者たちに託した夢が叶おうとしているのだが…。

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

(C)2011『天国からのエール』製作委員会

 陽を演じる阿部寛が、いいおやじ役である。豪快さと繊細さを合わせた表現は、すぐれた演出家に鍛えられた歴史を感じさせる。アヤ役の桜庭ななみが、素直で爽やかな役どころを巧みに演じる。本欄でも紹介した「書道ガールズ!! わたしたちの甲子園」でも、ひときわ目立つ演技を披露した女優さん。
 人としての姿勢、礼儀、秩序をわきまえる。夢を諦めない。若い人たちへの、ごくあたりまえのメッセージが、ストレートに伝わってくる。
 モデルとなった仲宗根陽さんは、1998年にあじさい音楽村を創設、プロのミュージシャンを目指す若者を、何人もメジャーデビューさせた。2009年、逝去。享年42歳。映画は、故・仲宗根陽さんとその家族に捧げられる。

2011年10月1日(土)より、新宿バルト9ico_linkほか全国ロードショー

「天国からのエール」公式Webサイトico_link

監督:熊澤誓人
脚本:尾崎将也、うえのきみこ
出演:阿部寛、ミムラ、桜庭ななみ、矢野聖人、森崎ウィン、野村周平
2011/日本/114分/カラー
配給:アスミック・エース