学び!とシネマ

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ぼくたちのムッシュ・ラザール
2012.07.06
学び!とシネマ <Vol.75>
ぼくたちのムッシュ・ラザール
二井 康雄(ふたい・やすお)
micro_scope inc. (C)2011 Tous droits reserves

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 カナダ・ケベック州のモントリオールは、フランス語圏になる。モントリオールの小学校を舞台にしたカナダ映画「ぼくたちのムッシュ・ラザール」(ザジフィルムズ、アルバトロス・フィルム配給)は、だからフランス語で語られる。
 小学校で女教師が自殺する。校長先生を始め、先生仲間や生徒たちにとっては、衝撃的な事件である。新聞に報道された記事を見て、バシール・ラザールと名乗る男が小学校にやってくる。アルジェリアからの移民で、19年間、教師をしていたという。ラザールは、校長に「先生にしてくれ」と願いでる。
 ドラマは起伏に富んだものではない。小学校を舞台に、静謐に、淡々と語られるが、巧みな語り口に、少しずつ、緊迫感が増してくる。
 11歳前後だから、日本でいうと小学校の5、6年生くらいだろうか。いろんな国からの移民が多いせいか、生徒たちの出自もさまざまである。

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 男の子のシモンが、鍵の掛けられた教室で、首を吊っているマルティーヌ先生を発見する。あわてて飛び出すシモン。女生徒アリスも、現場を目撃してしまう。
 学校は大騒動、生徒だけでなく、先生たちも驚くばかり。校長先生(ダニエル・プルール)は、生徒たちの心のケアを、専門の心理カウンセラーに託し、とにかく穏便に済まそうとする。
 そんな中、バシール・ラザール(フェラグ)と名乗る中年の男性が、小学校を訪ねてくる。「子供たちの助けになりたい」と、校長先生に掛け合う。誠実そうなラザールを見て、代用教員として採用する。ラザールは、シモンとアリスのいるクラスの担任になる。
 学校側は、事を荒立てないで、穏便に処理したいのだが、ラザールは、シモンとアリスの態度から、マルティーヌ先生の自殺が、まだ生徒たちの間に、深い戸惑いのあることを悟る。
 ラザールは、国語のフランス語を教えるが、その方法も内容も、時代遅れである。難しいバルザックを筆写させたり、古い文法を教えたりで、生徒たちは呆気にとられる。先生を丸く囲むようになっている机の配置を、まっすぐに並べ換えたりする。それでも、訥々と語りかけるラザールに、生徒たちは少しずつ心を開いていく。
 アリスは、マルティーヌ先生の死について、作文を書く。カウンセラーの指導だけでは、解決できる問題ではないことをラザールは理解する。ラザールは、アリスの作文を題材に、学校全体で話し合うことを提案するが、事なかれでありたい校長先生は、ラザールの提案を却下する。
 シモンは、マルティーヌ先生の死が、自分の取った行動が原因かもしれないと思い込んでいる。ある生徒が、祖父の死を話題にしたことから、マルティーヌ先生の話が飛び出す。「話したい人はいるか?」と、ラザールは問いかける。そして、シモンが話し始める。
 映画の進行に合わせて、ラザールの秘めていた過去が、少しずつ露わになる。生徒たちの心の傷に気づき始めるラザールは、自らも深い心の傷を負っていたのである。
 教師と生徒、教師と父兄、親と子の、多層な人間関係が描かれ、一見、シリアスな内容に見える。ある教師が言う。「いまの生徒は核爆弾のようなもの。触れれば火傷する」と。抑制の効いたユーモアが随所に見られ、それが逆にリアリティを保証する。

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micro_scope inc. (C)2011 Tous droits reserves

 原作は、エヴリン・ド・ラ・シュヌリエールの戯曲で、ラザールの演じる一人芝居である。エヴリンは、女優でもある劇作家で、本作では、アリスの母親役で出演している。ラザール役のフェラグは、アルジェリアの生まれ。控えめで地味な役どころを、飄々と演じて、達者。
 監督のフィリップ・ファラルドーは、原作者エヴリンの意見を尊重、脚本も書いている。
 退屈はしない。小さな波紋が静かに広がっていくような、巧みな作劇術だ。
 ラザールは、訥々と生徒たちに語る。
 「教室という場所は…、そうだな…、友情と…、勉強、思いやり、そういう場だ。人生があり…、それぞれの人生を捧げ、分かち合う場だ。絶望をぶつける場ではない」
 そして、ラザールは、生徒たちに話すと約束した寓話を語り始める。傷ついた木が、その木で孵化しようとするさなぎを守る話である。
 教師が国歌を歌っているかいないかを調べるような国もある。そんな国の教師全員に見せたい映画。
 映画「ぼくたちのムッシュ・ラザール」には、心震える、素晴らしいラストシーンが控えている。

2012年7月14日(土) シネスイッチ銀座ico_linkほか全国順次公開

■『ぼくたちのムッシュ・ラザール』

監督・脚本:フィリップ・ファラルドー
原作:エヴリン・ド・ラ・シュヌリエール
出演:フェラグ、ソフィー・ネリッセ、エミリアン・ネロン
2011/カナダ/フランス語/95分/シネマスコープ/ドルビーSRD
原題:Monsieur Lazhar
特別協力:ケベック州政府在日事務所
後援:カナダ大使館
提供:ニューセレクト、ザジフィルムズ
配給:ザジフィルムズ、アルバトロス・フィルム