教育情報

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貧困と格差の拡大の中で
2009.10.07
教育情報 <日文の教育情報 No.78>
貧困と格差の拡大の中で
大阪教育大学 監事 野口克海

■家庭の機能の底が抜けた

 全国各都道府県に青少年の健全育成にかかわる団体の代表が集う「青少年問題協議会」という組織がある。
 大阪府においても会長は知事で、年数回会合がもたれている。
 先日の会でのことである。
 座長を仰せ付かっている私が、最近の子どもたちの状況について、最初にカウンセリングを専門にされている大学教授に発言を求めた。
 「ここ10年、あきらかに変わってきた傾向があります。不登校の子どもの様子は以前と変わらないのですが、その子どもを受けとめる親が、機能を果たさなくなった。親が頼りにならなくなってきたことです。」と切り出された。
 家庭裁判所の調査官、保護観察所長さんと席の順に指名すると、
 「子どものことで、保護者に指導すると、”どうして、そんなことまで家でせなあかんのですか”と、逆に文句を言う保護者が増えてきた」と口をそろえて言われた。
 さらに女性の弁護士さんは、
 「現在、離婚の調停中の事案をかかえているのですが、先日、母親が”今日は主人の給料日です。子どもの養育費のこともあるし、給料を差し押さえてください。”と突然、電話をしてきました。
 ”まだ、何も決まっていないので、それはできませんよ”と言っても、”それなら、私が子どもを養うのは無理だから、子どもを置いて私が出て行きます。”と言って電話を切るんです。
 心配になって児童相談所に連絡をして対応しているんですが、信じられないようなことが日常茶飯事になってきました。」と語った。
 最初に発言を求めた4~5人の委員が連続して、家庭の教育機能の低下を強調されたこともあって、後に続く大阪府警本部の方や子ども会育成連合会の代表、校長会の代表の委員等、次々と同じ趣旨の発言が続いた。
 もう何年も、この青少年問題協議会の委員をつとめてきた私にとっても、こんなことは初めてだった。

■子どもは被害者

 これは偶然の出来事ではないように思えてならない。
 ここ数年、貧困と格差が確実に広がってきている。大阪府の青少年にかかわる各団体の代表の委員たちが、口をそろえて家庭の崩壊について語るというのは、そういう深刻な状況が広がっている証あかしといえるだろう。
 学校現場から見た時、いわゆるモンスターペアレントという理不尽な要求をする保護者が増えたとか、離婚が増加し母子家庭の比率が高くなったとか、生活保護家庭が増えたとか、給食代も払えない、払わない家庭が増えたとかという話は、ここ数年何度も言われてきた。
 しかし事態はもっと深刻だ。虐待、ネグレクト、極端な放任、極端な過保護、貧困が教育の分野を越えて、福祉、医療、警察など社会全体の問題に広がっていることを、あらためて思い知らされた。
 親が朝食だけでなく夕食も作らない。家の台所に包丁もない。家のかたづけや掃除もしない。家庭訪問したらひきっぱなしのフトンがこんもりしているので、かけフトンをとると暖房もなく寒いから犬を抱いて寝ていた。畳からキノコが生えていた。数えあげればきりがないほど出てくる。
 貧困が家庭のぬくもりも家族同士のいたわりも奪ってしまった。
 いくら貧しくても、親がひもじい思いをしても、子どもには腹一杯食べさせてやりたいというような親子の絆も薄れてきている。
 もっと初歩的なこと、どのように子育てをしたらいいのか分かっていない親が増えてきた。
 深夜に幼い子どもたちを連れて、ファミリーレストランでタバコをふかしながら大声で談笑している若い母親たち。
 すぐに子どもに暴力をふるい、力でおさえつける親。
 子どものことよりも、自分のことを優先して平気な親。
 子どもよりも親を教育しなければならない。
 保健所が母子健康手帳の交付や乳幼児検診の時など子育てについて指導されているが、これに学校・幼稚園・保育所も含め社会全体の子育て支援が求められている。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員

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