教育情報

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コミュニケーション力は指の下に
2010.05.27
教育情報 <日文の教育情報 No.87>
コミュニケーション力は指の下に
大阪教育大学 監事  野口克海

■ 企業の求める人材

 経団連の「新卒者採用に関するアンケート調査結果」によると「選考にあたって重視するもの」の順位は次のようになっている。(2008年度)

 1位 コミュニケーション能力(79.5%)
 2位 協調性(53.0%)
 3位 主体性(51.6%)
 4位 チャレンジ精神(49.4%)

 コミュニケーション能力が断トツだが、この傾向は毎年、顕著になってきている。
 学生が気にしがちな「保有資格」などは、10位以内はおろか、どこにも見当たらない。相当なレベルでない限り、評価に値しないということなのだろう。
 それにしても、コミュニケーション能力の比重が年々増してきているのは、それだけ、面接官の質問をしっかり聞き、自分の言葉で適切に答える能力が弱ってきていると言えるのではないか。

■ 衰弱するコミュニケーション力

 昔、東京の大手の出版社へ、原稿の打ち合わせに出向いた時、広い編集部のフロアーは電話でやりとりする社員の声で喧騒としていて、すごい活気があった。
 去年、同じフロアーに行って驚いた。誰もしゃべっている人がいない。電話は全てメールに変わっている。原稿の依頼も催促も口を動かさず、指でするようになった。
 ここ10年、携帯電話が子どもたちの世界にまで急速に広がり、電車の中でも多くの高校生たちはメールに没頭している。車内が騒がしくないのは結構だが、座席に座っている女子高生がズラーと並んで携帯でメールしている光景は異様だ。
 学校の帰りにコンビニに寄っても、スーパーで買い物をしても、一言も会話せずに用事を済ませる。
 自販機でジュースを買っても、しゃべるのは自販機のほうだ。 家に帰って母親から「今日、学校はどうだった ?」、「べつに…」、「楽しかったの ?」、「ふつう…」と言って自分の部屋に逃げ、テレビをつけながらゲームに興じる。
 コミュニケーションしなくていい世の中で今の子どもたちは育っている。

■ コミュニケーション力を高めるために

 「コミュニケーション能力の育成は対話から」とよく言われる。
 対話は相手の話をよく聞くことが前提である。しっかりと聞き取り、適切に返答する力とは、ベラベラと冗舌に話すこととは別ものである。
 相手が何を求めているかを把握し、必要とされていることを返さなければいけない。
 それも、面接のハウツー本に書かれているような他人の言葉でなく自分の言葉で語る必要がある。
 自分の言葉で語れないのは”ネタ”を持っていないからだ。
 ”ネタ”とは自分自身の体験である。
 人は誰でも生まれてから今日まで様々な体験をしている。それをその時々にどう感じたか、どう対処したか、何が出来て何が出来なかったか、自分の長所は、短所は、といった自分史を持っているかどうかである。
 自己分析をし、自分を知っている人は、たとえささやかな体験であっても、相手の求めていることに自分の言葉で返せるはずだ。
 子どもたちに自分の生い立ちを振り返らせ、様々な体験をもとにして自己分析をさせることは、自己肯定感を持たせることにもつながる。
 文部科学省の学力テストの時に行われるアンケートに「自分にはよいところがあると思う」という項目があるが、これに堂々と「ハイ」と答えられないのは自分史を持っていないからだと言える。
 もうひとつ大切なことは、場数を踏ませることである。
 クラスの皆の前で、自分の意見を発表する機会、朝礼台の上に立って全校生の前であいさつをする機会、総合の時間に自分たちで調べたことをカンニングペーパーなしで訴える機会、そういう場数を踏むたびに場馴れしてくる。
 子どもたちはどの子も本当はお立ち台に立ちたがっている。皆に訴えて、自分のことをわかって欲しいと願っている。
 そういうチャンスを小学生の時からどの子にも数多く与えてやりたい。
 コミュニケーション能力を衰弱させないために、意図的な取り組みが求められている。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員

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