教育情報

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「結びつき」に強さ・深さ・広さを
2010.06.23
教育情報 <日文の教育情報 No.89 臨時号>
「結びつき」に強さ・深さ・広さを
びわこ成蹊スポーツ大学教授 滋賀大学名誉教授 清水 毅四郎

 年度末は転勤内定通知などの時期で、種々の「別れの儀式」が行われる。それは「人の結びつきの強さや深さ」を感じる時間であり、「強さや深さ」を支えに「生きる力」を育もうとする者の思いに共感する時間である。
 平成21年度末に心を動かされた二事例を取り上げたい。
 一つは、NHK総合テレビ「にっぽん紀行」(2010年3月24日<水>19時30分~20時)の「巣立ち支えるメロディー~愛知・岡崎市5人だけの小学校」。岡崎市立Z小学校では約半世紀前から児童活動「全校音楽」を続け、音楽コンクール全国3位<平成20年度>の成果と共に、子どもたちの仲間意識を育んできた。が、児童数の減少で本年3月末日をもって、Z小学校は136年の歴史を閉じた。6年生2人、4年生1人、1年生2人の計5人は、閉校記念式典に向け練習に励んだ。式典でのマリンバ重奏は実に感動的であった。親密な結びつきのゆえに、感情的気苦労もあったであろうが、6年生のリーダーのもと、また集落の高齢者を含む住民のあたたかいまなざしのもと諸課題をのりこえてきた。1 年生2 名を含む5 人が教師の支援のもと伸びていくその結びつきの強さに感心した。
 二つめは、所属するスポーツ大学卒業式。「謝辞」でサッカー部員I君は卒業が迫るにつれ、「人はなぜスポーツをするのか」自問する心の内を披露した。「一番になりたいから。勝ちたいから。限界に挑戦したいから。仲間になりたいから。」があるとし、結論はスポーツには「多くの人々の思いや気持ちがこめられている」という平凡な主張であった。しかし、I君は熱っぽく追究する。「一つの練習、一つの試合、一つのプレー、一つのゴール、一つの勝利、一つの敗北、一つの記録に多くの人々の思いや気持ちがこめられています。プレーをしている人、プレーに出られなかった人、監督、コーチ、マネージャー、トレーナー、スタッフ、多数の応援仲間、友人、先生、そして家族、それぞれの立場からの思いや気持ちがこめられている。一つの『記録の足跡』でなく、自覚していなかった意味や価値への気づきこそがスポーツの生活であり成果である」と。そして間接的に支えてくれた人々(事務の○○さんとか食堂のおばちゃんたち)との出会いに感謝し、「忘れることはないでしょう」と締めくくった。
 I君の謝辞は、部活動の結びつきは孤立的と感じていた私の見方を払拭するものであった。「結びつきの深さと広さ」への自覚の主張に、思わずI君の存在を見直した。4年間サッカーに打ち込んだI君はまもなく青年海外協力隊の一員としてエチオピアに行くという。新しい世界で結びつきを拡げるだろう。
 我が国の場合、家族が離れ離れに暮らす例は少なくない。「盆と正月」に、父母と子が高齢の祖父母のもとで4、5日間「共同生活」するため「民族大移動」が報道されるが、他国でも同様の現象が見られるのだろうか。
 他方3世代同居の場合も、急激な社会変化や、それに伴う「子育て」観の相違による世代間対立が絶えないと聞く。戦後経済復興で物質的な豊かさを獲得したのとひきかえに、「家族」単位の共同生活すらも瓦解し、われわれは孤立化の方向へ歩いているように思われる。身内にすら「(生活苦を)助けてください」と言えない30代の「誇り高い孤独者」や「中高年」を中心に自殺者が毎年3万人を超える社会を「健全」といえない。
 新学習指導要領は「総則・指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」で、「学校がその目的を達成するため、地域や学校の実態等に応じ、家庭や地域の人々の協力を得るなど家庭や地域社会との連携を深めること。また、小学校間、中学校間、高等学校間、幼稚園や保育所及び特別支援学校などとの間の連携や交流を図るとともに、障害のある幼児児童生徒との交流及び共同学習や高齢者などとの交流の機会を設けること」、中・高では、さらに「生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること」と述べる。(下線は清水)
 幼児児童生徒学生が互いに教えあい、学びあう多様な関係を作り上げていきつつ、足元の学校や地域で伸びていくことが「結びつき」の原点である。そして、身近な保護者・高齢者・ハンディーを持つ人たちとの「結びつき」を通して人間的感情と社会認識を深くしていくことが求められる。それは「生きる力」回復のためである。さらに、現代のグローバルな諸課題(過疎過密、経済的格差、環境保全、等々)に取り組むために、青年海外協力隊への I君の参加に見られるように、「新しい結びつき」の拡がりがますます期待されている。
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