教育情報

教育情報

改革のミッションは「体験格差」の是正と体験カリキュラムの編成
2010.08.04
教育情報 <日文の教育情報 No.91>
改革のミッションは「体験格差」の是正と体験カリキュラムの編成
千葉大学 明石 要一

■ 「体験」をなぜ問題にするのか

 「体験」をなぜ問題にするのか。それは次の理由からである。子どもの世界に体験格差が生まれている。とりわけ、格差は子どもの放課後の生活で生まれている。
 危惧するのは、この体験格差は家庭の経済格差から生まれていることである。そして経済格差が学力格差を生むのである。
 図式的に示せば、家庭の経済格差→子どもの体験格差→子どもの学力格差、という筋道が描ける。  
 経済格差が学力格差を生む。親の年収によって子どもの
学力に「差」が生まれ始めている。例えば、年収800万円以上の家庭の子どもと300万円以下の家庭の子どもを比較すると学業成績に「差」が見られる。こうした事実は文部科学省の事例調査からも裏付けられている。
 放課後の世界はまさに自由競争である。経済的・文化的に優位な家庭とそうでない家庭とでは子どもの体験量が違う。
 経済的に余裕のある家庭では「夏は海、冬はスキーに行く」ことができる。自然体験を満喫する。そして日常の生活では放課後、塾やお稽古、それからスイミングなどのスポーツクラブに通う。さらに通信教育の添削を受けている。
 経済的に余裕のある家庭の子どもたちはさまざまな体験をしている。学力格差はこの体験量の「差」から生まれるのである。

■「体験」はどんな効果を生むのか

 子どもの成長に体験は大切だ、といわれてきた。しかし、体験活動は子どもにどんな影響をもたらすのか、子どもの成長にどんな効果があるか、実証されていない。
 この度、国立青少年教育振興機構は、子どもの頃の体験はその後の人生にどんな影響を与えるか、という問題設定の調査結果を発表した。これは昨年の11月に20歳以上の大人約5000名を対象にした全国調査である。
 興味深いことに、子どもの頃の体験量が高学歴、高収入を生むのである。
 最終学歴では、「大学・大学院卒」の割合を体験量別に見ると45.4%(体験量は少)→48.6%(中)→50.4%(多)と増えている。一方、「中学卒・高卒」は30.8%(少)27.6%(中)→26.1(多)と減っている。
 子どもの頃の体験が多い者ほど高学歴者が多いといえるのである。体験量が「学歴」に影響を与えている。そして、体験格差が学歴格差をも生じさせている。
 「現在の年収」でも同じことが読みとれる。
 「年収750万円以上」の割合は11.0%(少)→12.7%(中)→16.4%(多)というように体験量が増えるに従い数値が増える。一方、「250万円未満」の割合は35.3%(少)→32.5%(中)→26.9%(多)と減っている。
 体験量が今の年収に影響を与えているのである。子どもの頃の体験格差が年収格差を生じさせている。
 ちなみに、ここでの子どもの頃の体験量は「自然体験」「動植物とのかかわり」「友だちとの遊び」「地域活動」「家族行事」「家事手伝い」という六つの領域を加算している。

■どんな体験がよいか

 次に問題になるのが、どんな体験をいつすればよいか、である。それを調べるために、体験の領域と身につく力(体験力は意欲、自尊感情、規範意識、職業意識、人間関係能力などを意味する)の関係を確かめてみた。
 するとここでも興味深い事実が読みとれる。
 一つ目は、「小学校に通う前」の幼児期の体験は体験力をつけるのにそれほど影響がない。
 二つ目は、「小学校低学年」の体験は体験力の育成に効果がある。しかもすべての体験ではなく「友だちとの遊び」と「動植物とのかかわり」が大事になる。
 三つ目は、「小学校高学年」と「中学校」の体験も効果がある。しかし、体験活動の内容は小学校低学年と異なり、「地域活動」や「自然体験」、それから「家族行事」「家事手伝い」といった活動が大事になる。
 この知見は、体験活動においては子どもの成長にあわせて適切な活動内容を提供すべきである、という方向を支持する。
 体験格差が学歴格差、年収格差を生んでいる。そして体験活動は何でもすればよいというものでもない。
 これからの教育改革のミッションは、この体験格差の是正を目指すことである。具体的には、格差が生まれる放課後に、どの子どもにも豊かな体験を保障することである。次に、どの時期にどんな体験が効果があるか、という課題に答える体験カリキュラムを編成することである。

詳しいデータは独立行政法人国立青少年教育振興機構のホームページを参照。
日文の教育情報ロゴ