教育情報

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東日本大震災で どんな教訓を残せばよいか
2011.08.10
教育情報 <日文の教育情報 No.102 臨時号>
東日本大震災で どんな教訓を残せばよいか
千葉大学 明石 要一

■ 16年前の教訓

 3月11日。日本は千年に一度の甚大な被害を受けた。社会全体はもとより教育界でもこれまでに積み重ねてきたマニュアル学習がいかにもろかったか、痛感した。既習の知識が役に立たなかった。
 ある小学校での悲しい出来事がシンボリックである。学校は地震に対する避難訓練を繰り返していた。
 教師は子どもたちを校庭に並ばせ、点呼を取っている。確認してから避難をした。ここまではマニュアル通りである。学校側に瑕疵はない。しかし、残念なことに多くの尊い命を亡くしてしまった。
 「とにかく裏山に逃げろ」とか「沖に出ろ」といった学校の子どもや漁師は生き延びている。言い伝えにしたがった「とっさの判断」が命を助けている。経験則が有効であった。

 16年前の阪神大震災では教育界に二つの教育的遺産を残している。
 一つは、ボランティアという言葉を定着させたことである。それまで特別な活動と捉えがちであったボランティア活動に市民権を与えたのである。ここからボランティア・コーディネーター、ボランティアセンターという言葉が生まれている。
 二つ目は、「トライ・やる・ウィーク」の提案である。「トライ」はTRYの試みるとトライアングル(三角形)を掛けている言葉である。大地震のとき、学校・地域・家庭のトライアングルでお互いが試行錯誤しながら支え合った体験がある。
 「やる」はとにかくがんばろう、とにかくやってみようと活動を促している。「ウィーク」は活動は中途半端ではだめである。効果を上げるには一週間程度の活動期間が必要だという、主張である。
 具体的な活動として兵庫県から中学校二年生全員を対象にした職場体験活動が始まったのである。
 職場体験活動は、働く場所の確保が大切である。学校は探すツールを持っていない。そこで地域の人のネットワークを借りながら職場を探す。活動も2、3日間ではやっと慣れ始めた時に終わってしまう。それが4、5日目に入ると生徒たちは生き生きしてくる。
 この活動には不登校の生徒も参加している。三分の一の生徒は活動後学校に復帰したというデータもある。この成果が評価されて全国的な規模で中学校における職場体験活動が広まっている。

■ 何を残せばよいか

 学習は大きく分けて二つある。
 一つは「状況」学習といわれる。「こうしたときはこうすればよい」というルールや法則を学ぶ。
 もう一つは、トライ・アンド・エラー(試行錯誤)の学習である。ルールや法則ではないが、いろいろ試してみるうちに身に付ける学習方法である。
 人間の成長にはこの二つの学習方法は欠かせない。車の両輪である。しかし、今回の東日本の大震災を体験すると、「状況学習」のもろさが浮き彫りになった。残念ながら想定内のマニュアル学習が力を発揮しなかった。
 それよりも、「この風向きならば、こちらに逃げた方がよい」「少しでも高いところに逃げろ」という漁師の経験則(知恵)のほうが命を救ったのである。
 「記録」(知識)は大切である。しかし、とっさの判断は体験による「記憶」(知恵)に支えられるのではなかろうか。
 これからは、記録をベースにしながらもどんな知恵が有効か、そして知恵をどう伝承していくか、の活動が必要となるであろう。
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