教育情報

教育情報

新年に当たって
2012.01.17
教育情報 <日文の教育情報 No.109>
新年に当たって
東京女子体育大学名誉教授 言語教育文化研究所代表理事 尾木 和英

■ いま考えるべき重要課題とは

 昨年は3月11日の東日本大震災、これに重なる福島原子力発電所の事故、さらに集中豪雨や台風の被害など、多くの方が被害を受け、だれもが心を痛め、不安を感じた一年でした。しかし、同時に、そうした厳しい状況の中で、耐え、しのぎ、立ち上がる素晴らしい人々の姿に、強い感動を覚えることの多い一年でもありました。
 被災地の一日も早い復興・復旧をお祈りするとともに、新しい年に当たって、教育としてできること、なすべきことに思いをめぐらしています。
 そうした観点から改めて学校教育を見直すとき、やはり重要なこととして、困難を切り拓くこと、新しい未来を作り出すことの根底に位置する、「生きる力」をどう育成するかということが課題として認識されます。
 そのことについて、昨年になりますが、こんな経験をしました。
 平成23年10月4日のことです。朝のNHKの番組が東日本大震災の折、40人の命を守った二人の警察官の話を伝えていました。画面に登場したのは、まだ20歳代とみえる若い方でした。

■ とっさの判断と行動

 3月11日の地震直後、津波直前のことです。たまたま列車に乗り合わせていたお二人が、列車から近くの役場まで乗客を誘導し、全員の生命を救ったというのです。地震による大事故の発生。とにかく、大変な事態となった。たまたま乗り合わせていた二人は、協力し合ってまずは列車から乗客を誘導して脱出させたということです。次に考えたのが津波だった。とっさの判断で、全員をここなら安全と考えられる、少し離れた場所まで避難してもらおうということだった。
 お二人はこう話されました。
 「マニュアルがあったわけではありません。」
 「特別な訓練を受けていたわけでもありません。」
 「とにかく、そのときのとっさの判断で、乗客全員を誘導して無事を確保したいと考えたのです。」
 これこそ、究極の「生きる力」ではないか。画面を食い入るように見ながら、私はそう考えていました。
 注目したいのは、このお二人の状況把握の的確さです。おそらく、これまでに学んだ知識や経験をフル活用して状況把握をし、同時に思考をめぐらせる。次の事態の予測がまた的確です。判断を総合しての行動の決断も見事です。
 「大変なことが起こった」「どうしよう」「不安だ」「先が読めない」錯乱状態の中でこんなことを考え、動揺の中でただ惑乱していたとすれば、おそらくは直後に襲ってきた津波に巻き込まれていたに違いありません。
 状況を捉える。とっさに思考をめぐらす。過去の知識や技能を総動員して、いま自分がとるべき行動を決定する。
 それを決然として実行に移す。これこそが究極の「生きる力」ではないか。私はそう思ったのです。

■ 学習指導要領の目指すところ

 ここで思い起こされるのが、「生きる力」の育成を目指す改訂学習指導要領です。すでに新しい教育が本格的に展開され始めています。そこでは、思考、判断、表現が重視され、言語活動が様々に工夫されています。
 そこで問題になるのが、具体的な教育活動を通して子どもにどのような力をつけることが求められているかということです。
 「生きる力」を育成する。「生きる力」としての確かな学力、豊かな心、健やかな体を目指す。そこまでは分かるのです。しかし、だから具体的にどのような点に重点を置き、教育活動のどこをどう工夫しなくてはならないかということになると、それはこれからの各学校の創意を生かした実践に委ねられることになります。
 1996年に文部省(現在の文部科学省)の中央教育審議会が「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」という諮問に対して、第1次答申をまとめました。その中で、次のようなことが述べられています。
 「これからの子どもたちに必要となるのは、いかに社会が変化しようと、自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力である。また、自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心など、豊かな人間性である。たくましく生きるための健康や体力が不可欠であることは言うまでもない。我々は、こうした資質や能力を、変化の激しいこれからの社会を[生きる力]と考えた。」
 これからの学校教育では、特に、「自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力」を改めて捉え直すことが求められています。この点を意識して、各学校の実態に即した教育計画を立てることが重要です。指導のねらいを明確にし、子どもが確かな能力・態度を身につけられるよう日々の授業を工夫することが大切であることを改めて確認した次第です。日文の教育情報ロゴ