教育情報
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■ 異動希望ゼロの学校
「うちの生徒に講話をしてください」と依頼されて、ある中学校を訪れた。
校門からきれいに清掃された美しい環境の学校だった。
体育館に整然と並んだ生徒たちは行儀も良く、しっかりと話を聞いてくれた。
「校長先生、とてもいい学校ですね。」と感想を言った。
「うちの学校の先生は、誰も転勤したがりません。異動希望ゼロの学校です。」という答えが返ってきた。
「異動基準の年数をこえても、皆本校に残りたがるので、苦労してるんですよ。」と満足そうに続けた。
「異動は最大の研修ですからね」と私が言うと、「“異動は最大の研修! ”それ、使わせてもらいます。」と返ってきた。
■ 他市への異動希望ゼロの町
学校だけでなく、市町村ごとに見ても他市町村への転勤希望がゼロの町が大阪にも存在する。
周辺部の比較的人口の少ない落ち着いた市町村に多い。
大都市の中心部に比べると確かに地域も保護者も学校もおだやかで平和である。
そういう恵まれた環境の学校で勤務を続けられることは本人にとっても幸せなように見えるが、実はそうとは限らない。
子どもたちが可哀想と思える事もある。
私は中学校の教師を15年間したあと大阪府教育委員会に20年も在籍していた。しかも、その大半を教職員人事の担当をしてきた経験をもつ。
大阪府で府下全体の管理職試験をしている時にいつも感じたことだが、大都市で幾つもの学校を転勤して、もまれてきた先生は対応力もあり、しっかりした人が比較的多い。
小さな町で、あまりもまれてこなかった先生は若干頼りなく感じてしまうのである。
若い時から、市の教育研究会で発表するとなると、大都市では何百人の先生方の前でやらなければならないので、気合いを入れて準備したり、勉強したりする。
町に中学校が2~3校で皆仲良しだったら緊張もなしに普段着のままで過ごしてしまうことも多い。
それだけでも、管理職になるまでに大きな差ができてしまう。
生徒指導や保護者対応にしても、その体験には差があるだろう。
その先生が、あまり成長しないという個人的な問題ですむなら気にならないけれど、力のない先生に習っている子どもたちが可哀想である。
■ 絶えず新しい血を入れよう
異動で出て行ってもらう先生に、「冷たい心じゃないんだよ、可愛い子には旅をさせよ、だよ」という気持ちで送り出すことも大事だが、実際、マンネリになって伸び悩んでいた人が、新しい学校で心機一転、よみがえったように生き生きしている姿もよく目にし、耳にすることも多い。
その先生にとっては、教職員研修を100回受講するよりも、1回の転勤で大きく飛躍できたということになる。
まさに、「異動は最大の研修」である。
学校や市町村にとっても、毎年同じメンバーで繰り返していると、どうしてもマンネリ化がさけられない。
毎年、何パーセントかは新しい血を入れて新陳代謝を図るほうが望ましい。
■ “人事はエゴだよ”
私が大阪府の小中学校人事の責任者をしていた頃、尊敬する教育長さんの忘れられない言葉がある。
「野口君、人事は芸術だよ」
この校長とあの教頭を組ませたら学校からどんなメロディーが聞こえてくるか。
「人事は哲学だよ」
市内全体の学校の人事を描き終わった時、その教育長の願いや考え、哲学が浮かんでくる。
「そして、人事はエゴだよ」
その時、私はすぐに、「ハイ、それはよくわかります」と答えたように記憶している。
しかし、エゴが前面に出てしまった時、人事交流は全て止まってしまうのだ。
お互いのエゴを十分にわきまえた上で、お互いの信頼関係をくずさない努力が必要とされる。教職員の資質向上の為にも、何よりも子どもたちの笑顔があふれる学校づくりの為にも、人事を担当する人々の信頼と絆のもとに学校の活性化を進める積極的な人事交流を望みたい。
著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員