教育情報

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東日本大震災と絆
2012.03.15
教育情報 <日文の教育情報 No.112>
東日本大震災と絆
静岡文化芸術大学顧問 元静岡県教育長 杉田 豊

 東日本大震災から丸1年、春は今年も巡り来ました。
 しかし、私たちの脳裏に焼きついて離れないのは、大地までも飲み込んでしまうあの恐ろしい大津波の映像です。
 これまで無念さを胸に秘めひたすら耐えに耐え、前を向いて頑張ってこられた被災地の方々の胸中を思う時、今も言葉を失います。
 一方、社会の連帯感、人間関係の希薄さが指摘される今日、震災を通し改めて人の強さや優しさを知り、近しい人との絆をより大切にする機運が高まったことは幸いでした。

■ 絆

 「愛する日本に移り、余生を過ごす。多くの外国人が日本を離れる中、私の決断に驚いた人もいたが、『勇気をもらった』と言ってくれる人もいた。そうだといいなと思う」
 これは、震災1カ月後の4月26日、日本文学研究の第一人者ドナルド・キーン米コロンビア大名誉教授が、ニューヨークで最後の講義を行った際、大学院生に冒頭で語った言葉です。
 福島原発事故による放射能を心配し帰国を急ぐ外国人が多いなか、この報道に接した時、私は言い知れぬ感動を覚えました。親日家とはいえ、キーン氏と日本の強い絆を感じたからです。
 復旧に際しては、自衛隊、警察、消防関係の活躍が誰の眼にも頼もしく、子どもたちからは感謝の言葉がこぼれました。昼夜を分かたず献身的な診療を続ける医師団や若者のボランティア等、多くの国民が被災地に寄せる支援の姿にも心を揺さぶられました。いち早く支援に駆けつけた米国の「トモダチ作戦」をはじめ、発展途上国からの義捐金にも頭が下がりました。共通することは、強い絆でした。

■ 想定にとらわれない判断力

 地震から逃れることのできないわが国では、全国津々浦々防災のマニュアル作りを進めてきました。とりわけ東海沖地震が心配される静岡県では、早くからマニュアル作りに取り掛かり防災の先進県という自負もありました。
 しかし、今回の大震災により、マニュアルの見直しとともにマニュアルだけに頼っていてはいけないことを痛感しました。マニュアルは基準を作り、その想定内で組み立てていくものだからです。
 「相手は自然だ、何が起こるか分からない。その場でベストを尽くす。ハザードマップを信じるな。これは人間が想像したものだ。」岩手県釜石市の防災教育の指導に当たっていた群馬大学片田敏孝教授の言葉です(2012年1月17日放送NHK『クローズアップ現代』より)。片田教授は「日頃、子どもたちは、親や周りの加護の下に生きている。子どもたちに主体性を持たせてはじめて想定にとらわれない判断が出来るようになる」と言います。
 津波の怖さを理解させるため、50cmの高さでも人は流されることを映像で見せ、リアス式海岸と津波の関係、浅瀬では波が高くなることなども丁寧に指導していました。

■ 釜石の子どもたちと主体性

 「津波てんでんこ」は、津波が来たら「それぞれ他人にかまわず必死で逃げろ」ということです。一見、身勝手な印象を与える言葉ですが「てんでんこ」を可能にするには、「それができる家族関係があること」が前提であり、鍵は家族の「信頼」関係だと、貴重な指摘をしています。
 「親はうちの子は絶対逃げているから自分も逃げられる。子どもは自分が逃げることが分かっていれば、お母さんも安心して逃げられるだろうと考える。親と子の強い絆が信頼となり勇気となり行動を可能にする。それが結果として守り合うことになる」と言うのです。
 片田教授の指導で、忘れてはならないことは、

①想定にとらわれない

ことの他に、

②その時の状況下で最善を尽くす
③自ら率先して避難する

という3原則を徹底している事実です。
 小学校6年生の男子児童は、避難の途中で遅れがちな足の不自由な同級生をおぶって逃げています。危険が迫る中で、教えを守り最善を尽くしている姿は誠に尊く、教育の力の凄さを感じます。

■ 価値観の転換の必要性

 震災を通し認識を新たにしたことの一つに価値観の転換があります。これまで私たちが享受してきた豊かな生活を問い直す必要があることを実感しました。
 欲望を大いに刺激し、消費者の購買意欲をかきたてた浪費社会は長引くデフレの中、既に遠のいていますが、東日本大震災は、このような価値観がまかり通った時代には再び戻れないことを暗示しています。これは教育の面からも注視しなければならないことです。
 震災から多くのことを学んだ23年度でした。その中で、学校は地域のシンボルであり、子どもたちの笑顔が希望につながることを実感した1年でもありました。

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