教育情報

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いい先生の「三つの条件」と「三つの輪」
2012.05.14
教育情報 <日文の教育情報 No.114>
いい先生の「三つの条件」と「三つの輪」
大阪教育大学 監事 野口 克海

■ 私の失敗談

 私は大学を出るとすぐ、社会科の担当として中学校に赴任した。2年E組の担任になった。着任して1ヶ月後の連休あけに学年のバレーボール大会が予定されていた。
 高校生の時からバレーボール部に所属し、スポーツが大好きだった私はクラスの子どもたちと一生懸命練習をした。
 いよいよ球技大会前日が来た。
 「明日は、ボクたちのクラス、絶対優勝するぞ! エイエイ・オー」と気勢を上げて帰らせた。
 班ノートを集めて職員室にもどった時、最初の班ノートを見て驚いた。
 K君がたった1行、
「明日、球技大会、休みたいなあ……」
と書いていた。
 ガーン ! と頭を殴られたような気がした。そういう生徒がいるということに気がついていなかった。
 私は、明日運動会というと「ヤッタァー、明日は勉強もないし、楽しい運動会やぁ」と喜ぶ子ども時代を過ごしてきた。
 「明日、球技大会 ! 」というと、子どもはみんな自分と同じように、「ヤッタァー! 」と思うものだと決めつけていた。
 「明日、運動会」というと、目の前がまっ暗になる生徒がクラスには何人かはいるということに全然気がつかない最低の教師だった。
 K君の家に走って行った。
 「オイ、明日休もうと思ってるやろ ! 絶対あかんぞ ! そんなん上手な子だけ出て優勝しても、ひとつも値打ちないやん。応援も大事やし、全員で、みんなで力を合わせよう」

■ 三つの条件

 最初のこの体験は衝撃だった。子ども一人ひとりが見えていなかった。気がついていなかったことがショックだった。
 教室には様々な生い立ちや家庭の事情をかかえた子どもたちがいる。
 「体の弱い子の気持ちを分かろうと努力する教師にならないかん」
と思い知らされたことがきっかけとなって
「勉強の分からん子の気持ち」
「家庭的にめぐまれない子の気持ち」
を分かろうとすることの大切さを教えられた。
 この三つは私の教師論の原点のひとつとなっている。

■ 「先生が嫌いです」(三つの輪)

 その年、“一年間を振り返って”という作文を書かせた時、「野口先生は休み時間、いつも先生のまわりに集まっていくM君やI君、Oちゃんなどとばかり楽しそうに話している。だから、私は野口先生が嫌いです。」と書いた子がいた。S子である。
 この作文もショックだった。
 確かに、若い教師である私は休み時間、いつも話しかけてくる生徒たちに囲まれていた。
 自分では、次から次へと、いろんな子どもたちと話をしているつもりだったが、よく考えてみると教師のまわりには、子どもたちが三重の輪になっている。
 先頭を切って「せんせい!」と近づいて、身体に触れるほど寄って来る子、その子と一緒に手をつないで来ているのだけれど、ちょっと後にまわって、ひかえめな子、そして、先生と仲良く話し合ってる様子を教室の窓のところにもたれて、ジーとこっちを見ている子の三重の輪である。
 時々は、窓ぎわに立ってる子の手を引っぱって「ちょっとこっちにおいで!」と話しかけて、はじめてエコひいきしない先生になれるということに新任の頃は気がつかなかった。
 いつも子どもたちに囲まれているから、「オレは生徒たちにモテる教師だ」とうぬぼれていたのではないか。
 この最初の教え子たちの同窓会が去年の夏に開かれた。
 10人ぐらい座れる中華料理の円卓にS子もいた。来年はもう還暦を迎えるという話題がひと区切りついた時、私はS子に聞いてみた。
 「おいS子、野口先生はMやIやOちゃんとばっかり話してるから“嫌いです”って作文に書いたの覚えてるか?」
 「覚えてます。あの時、先生嫌いやったもん」
 横からMやIが
 「お前そんなこと思ってたんか、僕ら先生と気楽に話してただけやのに……」
 「あれから40 年以上たってるのに恐いなあ」
 「生徒の恨みは恐い」という話で盛り上がった同窓会だった。
 「三重の輪」、気をつけよう。

著者経歴
元 大阪府堺市教育長
元 大阪府教育委員会理事 兼教育センター所長
元 文部省教育課程審議会委員
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