高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

「マルタ/フィンガーペインティング」 チャック・クロース作
2009.08.01
高校教科書×美術館(高等学校 美術/工芸) <No.002>
「マルタ/フィンガーペインティング」 チャック・クロース作
「高校美術1」P21掲載 徳島県立近代美術館蔵
油彩/キャンヴァス/61.2×51.2cm/1986 © Chuck Close, courtesy PaceWildenstein, New York
油彩/キャンヴァス/61.2×51.2cm/1986 © Chuck Close, courtesy PaceWildenstein, New York

 作品を鑑賞するとき、「作品をよく見ましょう」といわれます。では、この作品をよく見ると何が見えるでしょうか。答えは、指紋です。この作品は、指に白い絵の具をつけて、黒い地の上にペタペタと押して描かれています。近づいてよく見れば大小や濃淡に変化をつけた無数の白い指紋が見えます。離れて見れば人物の肖像。モデルは女性です。この作品を見た生徒の中に、男性だと思ったという人がいました。そういわれると男性にも……。
 作者のチャック・クロースは、作品の制作に写真を使うフォトリアリズムの画家です。親しい人を写真に撮り、写真そっくりに一辺が数メートルもある巨大な肖像画を描きます。これが彼の基本スタイルです。しかしそれだけではありません。一枚の写真から様々な方法で複数の作品を制作します。カラー印刷のように色を三原色に分解して塗り重ねてみたり、画面を碁盤の目のように縦横に区切ってそのマスに濃淡の差をつけてモザイク画のようにしたりします。また、エアブラシを使ったり、細かい線を引いたり、指で捺したりして描きます。
 なぜこのように手の込んだことをするのでしょうか。クロースは次のように語っています。「いろんなシステムを使って執拗に同一人物を描き、容貌にどんな変化が起こるか……いかにしてほんのちょっとした変化が、ものの認識のされ方に甚しい相異をもたらすのかみる」*
 つまり、描かれた視覚情報の違いが人の認識にどう関わるかがポイントです。
 この作品をよく見ることで、人の姿が黒面上に配された白い指紋の集積であるとわかったとき、私たちは、指紋という抽象的符号の集積を、マルタという人物の写実的な肖像画として認めたことに気付きます。ところで、女性か男性かを判別する視覚情報はどうなのでしょうか。指紋は、作者のクロースという男性固有のものではあるのですが…。
 *リサ・ライオンズ「チェンジング・フェース-チャック・クロース年譜」(チャック・クロース展カタログ フジテレビギャラリー 1985年)より引用しました。

(徳島県立近代美術館学芸員 安達一樹)

徳島県立近代美術館ico_link

  • 所在地 徳島県徳島市八万町向寺山 文化の森総合公園
  • TEL 088-668-1088
  • 休館日 月曜日(休日の場合は翌日)

<展覧会情報>

  • おもろいやつら-人間像で見る関西の美術
  • 7月18日(土)~8月30日(日)開催

展覧会概要

  • 徳島県立近代美術館のコレクションの魅力を探る展覧会。同館のコレクションのテーマ「20世紀の人間像」を、「関西の美術」という切り口で作品を紹介。関西独特のニュアンスを持つ言葉「おもろい」がキーワードのユニークな企画展です。

<次回展覧会予定>

  • 美術の国徳島II -谷口董美、山下菊二兄弟 故郷のイメージを描く-
  • 9月5日(土)~10月12日(月・祝)開催