高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

「聖なる手1」 池田満寿夫作
2010.09.01
高校教科書×美術館(高等学校 美術/工芸) <No.015>
「聖なる手1」 池田満寿夫作
「高校美術3」P.10掲載 池田満寿夫美術館蔵

ドライポイントなど/36.5×34.5cm/1965

ドライポイントなど/36.5×34.5cm/1965

 この作品は池田満寿夫が1965年に制作した銅版画です。
 赤と黒に二分された画面にふたつの組みあわされた女性の手、太いベルトと留め具が描かれたシンプルな構図です。しかし、よくみると文字が判読不可能だったり、ベルトの模様が反転した数字だったり、下段のベルトだけが彩色されていたり、袖が背景と同化していたりと、興味深い表現がいくつもあらわれます。まったく同一に思えた手の輪郭線にも、恣意的に強弱がつけられていることがわかります。これらは池田満寿夫の卓越したデザイン感覚を示すものですが、ほかに何かを示唆しているのでしょうか。そして、なぜ“聖なる”手なのでしょう。
 実は、この作品にはモデルとなる名画があります。フランドルの画家ロヒール・ヴァン・デル・ウェイデンの「婦人の肖像」(1455年、ナショナル・ギャラリー<ワシントン>蔵)。池田満寿夫は婦人の手の部分を借用し、滑らかで精緻な絵肌を単色の線に置き換えました。ドライポイント技法特有の引っ掻いたような、また落書き風の線刻によって、“聖なる”はずの手が原画の高貴で優美な印象を連想しがたいものに変わっています。並んだ手のある空間から神秘的な広がりが感じられるかもしれませんが、崇高さよりも、どこか洒落た印刷物のイラストを思わせます。
 新聞や雑誌の広告、包装紙、看板など商業アートの通俗性を積極的に取り入れたのは、1960年代前半に美術界を席巻したポップ・アートです。池田満寿夫もポップ・アートの手法を「聖なる手1」に応用しました。この題名には、むしろ“通俗的”でもあるという皮肉が込められているのかもしれません。
 みればみるほど不可解ながら、すべてが絶妙なバランスで配置される作品世界の創り手、それが池田満寿夫という作家の尽きない魅力です。

(池田満寿夫美術館 学芸員 中尾美穂)

池田満寿夫美術館ico_link

  • 所在地 長野県長野市松代町殿町城跡10
  • TEL 026-278-1722
  • 休館日 木曜日(祝日開館、8月無休)、12/29~1/1、展示替期間 

<展覧会情報>

  • 特別企画展 組みあわせの達人 池田満寿夫
  • 6月26日(土)~11月24日(水)開催

展覧会概要

  • 池田満寿夫(1934-1997)は、生涯、コラージュ(寄せあつめ・貼りつけ)の手法に強い関心を抱き続けました。画家、小説家、映画監督など分野を越境した自身の幅広い創作活動にもなぞらえています。同展では版画やコラージュを中心に所蔵品約100点を展覧し、ユーモアに富む作品の数々を紹介しています。

<次回展覧会予定>

  • 池田満寿夫 平面を極める -80年代・90年代の新たな挑戦-(仮)
  • 11月末~2011年6月末開催予定

 その他、詳細は池田満寿夫美術館Webサイトico_linkでご覧ください。