高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)
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「高校美術1」 P.29掲載 ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション蔵
赤い器に葡萄の房が横たわっています。葡萄の粒が一粒だけ、ぽつねんと宙に浮かんでいます。どこかで見たような光景なのに、卓上の静物がこんなに瞑想的に見えるのは何故なのでしょう。その秘密のひとつはカラーメゾチントのもたらす質感と色彩にあります。
浜口陽三の用いた銅版画の技法をメゾチントといいます。鏡のように平らな銅の板を、縦横斜めに傷つけて、布目のような地を作ってゆく方法です。木版画とは正反対に、プレス機で刷った時には、傷つけたところに色が入ります。ビロードのような黒を表現するためには、表面が一面に滑らかな凹凸をもつまで、気の遠くなるほどの時間をかけて、銅板を細かく刻んでいかなければなりません。
メゾチントは、もともと西洋で油彩画の複製等に用いられた印刷技術でした。19世紀に写真技術が発明されると、ほとんどすたれてしまいましたが、20世紀に入ると、今度はこの黒に魅かれて、版画家たちが芸術表現として復活させます。その一人が浜口陽三です。彼は、モノクロの世界に飽き足らず、赤、青、黄、黒の4色の版を作って刷り重ねるカラーメゾチント技法を開発しました。
「赤い皿」では、背景と手前のテーブルが、濃淡の異なる黒で表現されています。銅板を彫る最初の作業を目立てといい、この作業の密度によって色の濃淡を調整します。濃い黒も淡い黒も、どちらかというと柔らかい質感を帯びています。メゾチントでは、他の技法では出せないほど濃厚な黒を表現することが可能ですが、浜口はあえて目立ての回数を減らし、「光を宿す闇」を表現しました。
もうひとつの特徴として、この黒は一色ではなく、黄、赤、青が微量に混じり、ニュアンスに富むことが挙げられます。黒だけではありません。彼の色彩は透明で鮮やかですが、必ず陰影や翳(かげ)りが混じっています。「赤い皿」では、葡萄は一粒ずつの存在の重みを表すかのように翳(かげ)をもち、皿に透けて赤に染まり、闇に置かれてそれ自体が微光を放って見えます。
寡黙な作品なのに、静かに見入るといつの間にか時間が経ってしまう、そんな銅版画です。
(ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション 神林菜穂子)
■ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション 
- 所在地 東京都中央区日本橋蛎殻町1-35-7
- TEL 03-3665-0251
- 休館日 月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、展示替期間、夏期冬期休館
<展覧会情報>
- 浜口陽三展「カラーメゾチントの魅力」(メゾチントの冒険Ⅱ)
- 2010年10月5日(火)~12月12日(日)
展覧会概要
- 浜口陽三の開拓したカラーメゾチント技法の不思議を紹介する展覧会の第二回目。基本的なしくみの解説をまじえ、所蔵品から浜口陽三のカラーメゾチント作品を中心に約60点を展示します。カラーメゾチントの体験教室や実演会もあります。
※浜口陽三の「赤い皿」も出展されます。
<次回展覧会予定>
- 南桂子生誕100年展 きのう小鳥にきいたこと
- 2011年1月9日(日)~3月21日(月)
その他、詳細はミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクションWebサイトでご覧ください。