小学校 道徳
小学校 道徳

今回のテーマは、「道徳って難しい?」についてです!
「特別の教科 道徳」の完全実施(小学校平成30年度、中学校平成31年度)も目前!! |
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つい、難しいと感じてしまうことで、立ち止まってしまう。 |
無理もないです! |
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まだまだ分かっていないのに、考える道徳、議論する道徳、問題解決的な学習、体験的な学習など次から次へ……ついていけない。 |
ここで、重要なのは、「何を」「何のために」ということが大切になってきます。 |
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【考える道徳とは……】
よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自分の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的判断力、心情、実践意欲と態度を育てる。 (「特別の教科 道徳」の「第1 目標」から) |
自己を見つめさせ、自分の生き方について考えさせる
「道徳的な課題」を児童一人一人が自分自身の問題として考え向き合うようにさせる。
POINT! 「教材を」「自分自身を見つめさせるために」使います!
(何を) (何のために)
POINT!
「教材を」(何を)
「自分自身を見つめさせるために」(何のために)
使います!
児童の経験や体験は、一人一人違います。したがって、道徳科の時間にねらいである道徳的諸価値について皆が共通に考え合うには、同じ教材という土俵が必要になります。また、同時に教材は児童の心を映し出す鏡となり、児童は教材の主人公などに自我関与をしながら、自分自身の問題を考えているわけです。
【議論する道徳とは……】
POINT! 「物事を多面的・多角的に考えるために」「話合いを」します!
(何のために) (何を)
POINT!
「物事を多面的・多角的に考えるために」(何のために)
「話合いを」(何を)
します!
物事を多面的に多角的に考えるには、児童一人一人が多様に考えることが必要となります。多様な意見をださせるためには、安心して意見を出させる環境(学級経営)が必要になります。また、「議論」が「討論」になってしまっては、せっかく児童が発言した意見をつぶし合うようなことになったり、影響力の強い子だけの意見で話合いが進んだりするようなことになれば、多様な意見は出にくくなります。友達の意見を認め合いながら対話的・会話的に話合えるようにすることに留意する必要があります。
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ここで、確認です!! |
【問題解決的な学習とは……】
道徳科における問題解決的な学習とは、ねらいとする道徳的諸価値について自己を見つめ、これからの生き方に生かしていくことを見通しながら、実現するための問題を見付け、どうしてそのような問題が生まれるのかを調べたり、他者の考え方や感じ方を確かめたりと物事を多面的・多角的に考えながら、課題解決に向けて話し合うことである。 (「特別の教科 道徳」 解説編より) |
ねらいとする道徳的諸価値について自己を見つめていく中で、「分かっていてもできない」「そうしたいんだけどできない」という人間の弱さがあり、実現するには難しい問題について一人一人が考えていくことが大事になってきます。それだけに以下のことをよく理解しておく必要があります。
「問題解決的な学習をするために」 | 「児童の発達の段階や特性等を考慮することを理解して行う」 「指導のねらいに即しているかを考える」 「道徳科の特質を生かすことに効果があると判断した場合に限られてくることを理解しておくこと」 |
(何のため) | (何を) |
「問題解決的な学習をするために」
(何のため)
「児童の発達の段階や特性等を考慮することを理解して行う」
「指導のねらいに即しているかを考える」
「道徳科の特質を生かすことに効果があると判断した場合に限られてくることを理解しておくこと」
(何を)
*そして、発問の工夫がもちろん大切になってきます。安易に「なぜ」「どうして」を使えば、問題解決的な学習であるということではありません。あくまでも自己をみつめ、一人一人の道徳的価値に対することに対して考えるということですから、一番大切なのは、しっかり「主題について自己を見つめさせて考えさせる」ことが大切です。
【体験的な学習とは……】
単に体験的行為や活動をそのものを目的として行うのではなく、授業の中に取り入れ、体験的な行為や活動を通じて学んだ内容から道徳的な価値の意義などについて考えを深めるようにすることが重要である。 (「特別の教科 道徳」 解説編より) |
ただ単なるスキル学習ではなく、体験的な行為や活動を通じて学んだ内容から道徳的な価値の意義などについて考えを深めることが大切であることを忘れないようにしましょう。
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「何のために」どのような指導法が適切かは、児童の実態と教材によって違ってきます。あくまでも「学びの主体は子ども自身」ということを頭に入れて授業づくりを考えましょう。 |