高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

高校教科書×美術館
(高等学校 美術/工芸)

「赤い目の自画像」 萬鐡五郎作
2010.02.01
高校教科書×美術館(高等学校 美術/工芸) <No.008>
「赤い目の自画像」 萬鐡五郎作
「美・創造へ1」P.16掲載 岩手県立美術館蔵
油彩/キャンヴァス/60.7×45.5cm/1912-13
油彩/キャンヴァス/60.7×45.5cm/1912-13

とげとげしく描かれた髪の毛に角ばった顔の人物。背景の赤をはじめ、黄色や紫に塗り分けられた鮮やかな色彩とは対照的に、頬がこけて上目づかいにこちらをうかがう姿からは、自信や情熱は感じ取れません。むしろ彼を支配しているのは、不安や怯えといった自らの内に抱える負の感情ではないでしょうか。
 明治の終わりに東京美術学校(現在の東京芸術大学)で絵画の勉強をしていた萬は、フォーヴィスムや未来派など、海外で次々に生み出される新思潮の芸術に呼応し、自らも新たなスタイルの作品を発表しました。この作品においても、見たままを描くのではなく、内的な衝動を画面上で表現しようとする表現主義の影響がうかがえます。
 明治から大正への時代の変わり目に合わせるかのように、日本の芸術は写実主義の時代から、自らの内面を視覚化する時代へと変化していきました。その背景には、知識人の間で個人の人格や価値観を重視する個人主義が強く意識されるようになったこととも無縁ではないでしょう。萬も東京美術学校卒業の数年後に郷里の土沢(現在の岩手県花巻市東和町)に戻り、自己を見つめる作業に取り付かれたかのように、異様な迫力に満ちた自画像を数多く制作します。
 しかし、個人主義は明るい面ばかりをもたらしたわけではありません。大正の知識人たちは社会通念となっていた行動や表現の規範から脱しようとしましたが、その結果彼らには、よりどころを失い漠然とした不安感に悩まされる日々が待っていました。
 集団を離れた個人であることの高揚と不安。当時の多くの若者たちが感じたであろう二つの心情を、この絵は伝えています。

(岩手県立美術館 主任専門学芸員 加藤俊明)

岩手県立美術館ico_link

  • 所在地 岩手県盛岡市本宮字松幅12-3
  • TEL 019-658-1711
  • 休館日 月曜日
    (ただし、月曜日が祝日、振替休日の場合は開館し、直後の平日に休館)
  • トスカーナの風に抱かれて 千葉勝展
  • 2009年12月12日(土)~2010年2月14日(日)

展覧会概要

  • 岩手県水沢市(現奥州市)出身で、イタリアの古都シエナの土色に憧れて渡伊、以後同地で制作を続けた画家、千葉勝。油彩画を中心に版画、陶板、ステンドグラスなど約120点を展示し、その魅力に迫ります。

<次回展覧会予告>

  • アートフェスタいわて2009 -岩手芸術祭推薦作家展-
  • 2010年2月27日(土)~3月22日(月・振休)

その他、詳細は岩手県立美術館Webサイトico_linkでご覧ください。