学び!と美術

学び!と美術

教育の生態系と資源
2013.12.10
学び!と美術 <Vol.16>
教育の生態系と資源
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 教育は人間に何か詰め込めば出来上がりという単純なものではありません。生態系のように様々な資源がつながりあってはじめて成立します(※1)。本稿では教育の資源の幾つかを取り上げて日々の実践について見直してみましょう。

1.先生という資源

 教育は人なりと言われるように、最も重要な教育の資源は先生でしょう。その先生の大切な役割は授業です。そして先生はよりよい授業をするために、常に学び続けています。そのための場は豊富で、校内の研究会、行政的な研修、教育団体の研究大会、大学の研究会、学会など様々です(※2)。中でも授業研究会という仕組みは日本独特のものです。実際に授業を実施して、目の前の子供の姿から改善を図るやり方を明治以来百年以上も続けています(※3)。そんな国はどこにもありません。
 私たちの日々の授業はその蓄積の上にあります。この環境に身を置く限り、授業を進めるテクニックや実践力は半ば自動的に高まっていきます。全米最優秀教員の実践発表を聞いたことがありますが、その内容のほとんどは日本の先生が日々やっていることでした。フィンランド詣が相当流行っていた時も、帰国してきた同僚の言葉は皆同じ「日本の方が授業はうまい」でした。日本の先生は指導力があります。だからこそ日本の8割の保護者が学校を信頼しているのでしょう(※4)。そしてそれは様々な研修の場や組織などによって支えられているのです。

2.教材という資源

材料:サランラップ、新聞紙、お花紙、水性ニス、その他

材料:サランラップ、新聞紙、お花紙、水性ニス、その他

 一人の先生が黒板の前に立って授業を始めました。彼女は、様々な知識や指導技術を駆使して授業を進めています。でも、その有能さは、彼女の知恵や経験だけで成立するものではありません。滑らかな黒板、書きやすいチョーク、安全な絵の具、質のよい画用紙など、すでに用意された様々な道具や材料が、彼女を支えています。おそらく、どれか一つ欠けても彼女は自分の能力を十分に発揮することはできないでしょう。
 私たちは授業内容に応じて様々な教材・教具を適宜選んで用いることができる環境にあります。その多くは民間と先生達の連携によって生まれてきました。例えば、木版プレス機は先生と教材会社が苦労して作り出したものです(※5)。教材開発コンクールを実施し、入賞作を教材化している会社があります(※6)。時代の変化に応じてペットボトルに描けるクレヨンも開発されています(※7)。美術館限定だったアートカードも購入できるようになりました(※8)。挙げるときりがありません。今も教育現場の声を拾って新しい教材が生み出されていることでしょう。先生の有能さはこのような教材や教具によって支えられているのです。

3.教科書という資源

 教材の中でも教科書は別格です。全国民の願いを反映して、国は毎年400億の予算を組み、子供達に教科書を無償で届けています(※9)。子供達は配られたピカピカの教科書を大事に開きます。書き込んだり、ラインを引いたり、一年も立つとボロボロになります。
 世界に目を向けると日本のような国はほとんどなく、多くの場合、学校保管や貸出で、当然書き込みは禁止です。内容はテンコ盛りで、日本の教科書みたいに内容が精選され、題材や単元という学習活動のまとまりごとに配列さている感じはありません(※10)。日本の教科書の指導書には詳細な指導案や単元計画、年間指導計画などもついています。それらは全国の優れた先生の実践を反映したものです。しかも4年ごとに更新されます。先生の手元には常に最先端の教材があるということになります。先生は、これらを活用することで、よりよい授業への近道を通ることができるでしょう(※11)。日本の「教科書」はある意味日本のつくりだした文化と言えます。これもまた、かけがえのない教育の資源の一つです。

 先生、教材、教科書、それぞれに多くの人やモノ、コトがつながっています。その結節点に私たちは立っています。図画工作や美術の授業を始める前に、それが広大な地平の歴史のある生態系から生まれていることを実感してみてはいかがでしょうか。

 

※1:生態系という用語を使うのは、人やモノ、コトなどを等しく資源ととらえ、そこにつながりを見つけ、何を保全したらよいか明らかにしようとする概念だから。
※2:例えば美術教育では大正時代の教育運動、戦後の様々な教育団体による研究会などが実践や改善を行ってきた。
※3:千々布敏弥「日本の教師再生戦略」教育出版(2005)
※4:文部科学省の調査、ベネッセ・朝日新聞共同調査などより
※5:当時図画工作の先生だった吹田文明と新日本造形株式会社
※6:(株)内田洋行「発明考案品懸賞募集・アイデア募集」
※7:ぺんてる(株)など
※8:(株)美術出版サービスセンター
※9:「義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律」(昭和37年法律第60号)の提案理由には、教科書の無償化が、国民全体の願いであることを踏まえた上で「わが国の教育史上、画期的なものであって、まさに後世に誇り得る教育施策の一つ」だと述べられている。
※10:例えばアメリカは自由発行制度で、市場の大きな地域の方針で作成される。州のガイドラインに漏れないように内容を増やす傾向がある。貸与なので5-7年の使用に耐える頑丈さも必要になる。国立教育政策研究所「各国の教科書制度と教育事情」『第3期科学技術基本計画のフォローアップ「理数教育部分」に係る調査研究 [理数教科書に関する国際比較調査結果報告]』(2009)
※11:ところがそれをしないまま「指導方法が分からない」「○○式がいい」と言う先生がいる。まずは教科書を十分に研究し、教科書の通りにやってみてはどうだろうか。実践の宝庫である教科書はなかなか奥が深いはずだ。

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