学び!と美術

学び!と美術

図画工作・美術における知識の行方
2016.09.13
学び!と美術 <Vol.49>
図画工作・美術における知識の行方
奥村 高明(おくむら・たかあき)

「石の張り子」椎俊一先生(宮崎市)
サイズ W8×D8×H3(cm)

 8月26日「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」が中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会から示されました(※1)。図画工作・美術についても今後の方向が提示されています。本稿では「知識」に着目して内容を検討してみましょう。

1.「知識」が違う!

 先日、ある美術の研修会で参加者に「鎌倉幕府が成立したのはいつですか?」という問いを出しました。50代以上の男性は「イイクニ鎌倉、だから1192年!」と即答し、「これが正答だ」という表情でした。しかし、20代前半の女性は一瞬の間があり、「えっと、、、1185年から1192年ぐらいの間に、、、う~ん、、頼朝が鎌倉に武家政権を、、、、、」と自信なさげに答えました。この「答え方の違い」について考えてみましょう。
 まず鎌倉幕府の成立については諸説あり、どちらが正しいという話ではありません(※2)。ただ「鎌倉幕府の成立はいつ」という問いに、50代は、「鎌倉幕府=1192年」という「事実」を答え、それで安心しています。一方、20代は明らかに困った様子を見せました。それは「鎌倉幕府の成立は朝廷や武家、支配権など複数の要因が絡んだ事象で、いくつかの段階があるので『いつ』という問いには即答できない」という意味でしょう(※3)。同時にそこで複数の知識がネットワーク化された「概念的な知識」が用いられたことを示しています(※4)。
 同じ問いなのに、一方は「事実的な知識」で対応し、一方は「概念的な知識」を発動する、、、これは世代の違いなのか、知識の違いなのか、興味深い出来事でした(※5)。

2.「知識」が変わる?

 さて本題です。「審議のまとめ」では、これからの教育がめざす知識は以下のようなものだとされています。

  • 「何を理解しているか、何ができるか(生きて働く「知識・技能」の習得)」(※6)
     各教科等において習得する知識や技能であるが、個別の事実的な知識のみを指すものではなく、それらが相互に関連付けられ、さらに社会の中で生きて働く知識となるものを含むものである。
     例えば、“何年にこうした出来事が起きた”という歴史上の事実的な知識は、“その出来事はなぜおこったのか”や“その出来事がどのような影響を及ぼしたのか”を追究する学習の過程を通じて、当時の社会や現代に持つ意味などを含め、知識相互がつながり関連付けられながら習得されていく。それは、各教科等の本質を深く理解するために不可欠となる主要な概念の習得につながるものである。そして、そうした概念が、現代の社会生活にどう関わってくるかを考えさせていくことも重要である。基礎的・基本的な知識を着実に習得しながら、既存の知識と関連付けたり組み合わせたりしていくことにより、学習内容(特に主要な概念に関するもの)の深い理解と、個別の知識の定着を図るとともに、社会における様々な場面で活用できる概念としていくことが重要となる。

 「審議のまとめ」でめざしているのは、単なる「事実的な知識」だけではないようです。その習得は大事だけれども、もう一歩進んで社会における様々な場面で活用できる「生きて働く知識」、言い換えれば「概念的な知識」を各教科等において習得する必要があるということでしょう。では、図画工作・美術ではどうでしょうか(※7)。

  • 芸術系教科・科目における「知識」については、一人一人が感性などを働かせて様々なことを感じ取りながら考え、自分なりに理解し、表現したり鑑賞したりする喜びにつながっていくものであることが重要である。知識が、体を動かす活動なども含むような学習過程を通じて、個別の感じ方や考え方等に応じ、生きて働く概念として習得されることや、新たな学習過程を経験することを通じて更新されていくことが重要である。

 図画工作・美術においても、「事実的な知識」ではなく、社会生活で活用されてはじめて「知識」と呼べるような「概念的な知識」の獲得が目指されているようです。その獲得のプロセスでは、一人一人の感性に立脚しつつ、試行錯誤しながら知識を更新していくことが求められています。それは、教科の本質的な「理解」につながるものだと思われます。

3.「知識」の行方

 一方、様々な図画工作・美術の研修会ではどうでしょうか。おそらく、知識の段になると決まって以下のような発言が聞かれることでしょう。
 「図画工作・美術に知識を持ち込むと、すぐに三原色やテストになる」
 「知識を教え込んでから絵を描きましょうとなるのはよくない」
 一方的な教え込みは避けたいという真意は分かるのですが、いずれも「事実的な知識」だけを取り上げたもので、そこに「概念的な知識」や、教科の本質にかかわる「見方・考え方」への発展は含まれていません(※8)。
 確かに、これまで図画工作や美術で「知識」の問題が、十分に議論されてきたとはいえないでしょう。「色の組み合わせや濃淡の効果を理解する」「奥行が生まれるように形を配置した構成と、その影響を考える」あるいは「美術作品に関する文脈的な知識を活用して鑑賞する」などについて研修会等で取り上げられることは少なかったと思います。たとえ、子ども自身がそのような活動をしていたとしても、避けられてきたのではないでしょうか。しかし、「審議のまとめ」では、以下のように述べられています。

  • このことを踏まえて、「知識」に関しては以下のことが重要であり、発達の段階に応じて整理していく必要がある。
  • 〔共通事項〕を学習の支えとして、形や色などの働きについて実感を伴いながら理解し、表現や鑑賞などに生かすことができるようにすること
  • 芸術に関する歴史や文化的意義を、表現や鑑賞の活動を通して、自己との関わりの中で理解すること

 私たちは、形や色、その働き、歴史や文化的意義などの図画工作・美術で用いられる「知識」について、もう一度検討しないといけないのかもしれません。そこでは「事実的な知識」だけでなく「概念的な知識」や「見方・考え方」などを視野に入れる必要があるでしょう。平成24年度の国立教育政策研究所の学習指導要領実施状況調査では「作品から得た自分の印象や情景、全体的な感じなどを、形や色、動きや奥行きなどの複数の造形的な特徴を根拠に説明することに課題がある」と指摘されています(※9)。子どもが豊かに造形活動を行う道具として「知識」を再定義し、「社会に開かれた教育課程」を実現することが求められているのだろうと思います。

 

※1:「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gaiyou/1377051.htm
※2:そもそも幕府=政権という概念自体がこの時代にはなかったようです。
※3:この世代は「イイクニ鎌倉」という教育を受けていないそうです。
※4:「概念的な知識」は、断片的な「事実的な知識」と異なり、意味理解を伴った転移性の高いネットワーク化した構造的な知識だとされています。
※5:筆者は50代後半、「受験戦争」で断片的な知識量で競争しました。いわば「イイクニ鎌倉」世代、20代の彼女が用いた「概念的な知識」は苦手かもしれません(笑)。
※6:前掲1「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」26p
※7:「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」205p
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/
2016/09/09/1377021_1_5.pdf

※8:テストや事実的な知識を敵視する傾向も感じられます。
※9:自分の把握した知識を明確に位置づけながら、これを複数組み合わせて、論理的に述べること(あるいはつくること)は課題だと思います。小学校学習指導要領実施状況調査 教科別分析と改善点(図画工作)
https://www.nier.go.jp/kaihatsu/shido_h24/06.pdf