学び!と美術

学び!と美術

もう一人の私
2020.08.03
学び!と美術 <Vol.96>
もう一人の私
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 子どもたちが学習を振り返ったり、調整したりすることは「主体的・対話的で深い学び」の重要な要素です。本稿では、学習を調整する子どもの姿を確認するとともに、それを支える教科書の役割について考えてみたいと思います。

学習を調整する姿

図1図2 ある低学年の教室。となりの友達の絵をじっと見つめている子どもがいます。その後、自分の絵をかき始めました。どうやら友達のアイデアを取り入れたようです。
 さて、この子に「それ、誰が考えたの?」と尋ねたら何と言うでしょう。多くの場合「ぼく!」「わたし!」と即答するでしょう。友達も、自分も、材料や用具も、全て一体的なのが低学年の特徴です。
 でも、小学校中学年あたりから「友達のアイデアを取り入れた」と言えるようになります。高学年くらいからは、意図的に作品や活動を見なおすことができるようになります。例えば、図1のように、体を引く姿からは、「計画通りに進んでいるかどうか」を確認していることが分かります(※1)。図2の友達の様子を見る姿からは、「自分の作品に取り入れられるかな」と考えていることがうかがえます(※2)

鑑賞学習で生まれる
「もう一人の私」

 中学生くらいからは、自分の学習活動を意識的に見つめ直し、学習を調整しながら進めるようになります(※3)。事例として、鑑賞に関する調査結果を紹介しましょう(※4)
 私たちの研究グループは、鑑賞学習を教育課程の中心に位置づけた中学校で、生徒の意識や学力の変容を調査しました(※5)。その一つに「鑑賞学習自己評価尺度」を用いた調査があります。「知識・技能(知識)」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」をもとに50項目の自己評価尺度を作成し、学習活動の前後に実施したのです。分析すると興味深いことが分かりました。
 「知識」と「思考・判断・表現」を分けて尋ねたのですが、因子を探ってみると一体的に働いていました(※6)。鑑賞活動において、生徒は知識と思考を分けてとらえていないようです(※7)。一方で、「主体的に学習に取り組む態度」では、学習に向かおうとする因子と、学習を調整しようとする因子に明確に分かれました(※8)。生徒は別々に意識しているということでしょう(図3参照)。

図3

 一般的に「意欲的な学習態度」があれば熱心に「学習する」と思われがちです。しかし、調査からは、まず「鑑賞に向かう態度(第Ⅰ因子)」が基盤にあって、それが「鑑賞に関する知識・思考(第Ⅱ因子)」を動かし、さらにそれを調整しようとする「鑑賞に関する知識・思考調整(第Ⅲ因子)」が働くという学習モデルが想定できます。鑑賞学習において、生徒は、知識や思考を調整する「もう一人の私」を持っており、それを意識的に活用しているようです(※9)

「もう一人の私」としての教科書

 「もう一人の私」という視点から、教科書の役割について考えてみましょう。
 小学校では学習の順序が大切です。先生は、今、単元のどのあたりにいるということを、授業の最初で押さえます。子どもたちは、それを理解して学習を進めることが求められます。図画工作科の教科書でも、学習の流れが分かるように作成されています。「ここからはじめて…」「次にこうなって…」と順番を意識することが大事なのです。
 でも、中学生にもなると、教科書のページを開きさえすれば、「何をつくるのか」「どのような方法で行うのか」などは一瞬で分かります。教科書に、学習の概要や進み方を解説する役割はそれほど強く求められません。むしろ、「制作活動を新しい視点で見つめなおす」「自分の概念をくつがえす」など学びを深くする手立てが要求されるのです(※10)
 例えば、令和3年度新版教科書『美術 2・3下』p44-45「人が生きる社会と未来」(図4)では、制作方法や生徒作品は右側の1頁にまとめられています。左側の1頁は、視野を社会や環境に広げ、日常を美術的な視点でとらえ直したり、生徒が新しい価値観を持ったりするために用いられています。
 令和3年度新版教科書『美術 1』p58-59「発想・構想の手立て」(図5)では、プロの作家さんのインタビューやスケッチ、作品などを、まるで雑誌のように「読む」構成になっています。自分の発想を様々な角度から検討したり、思いを実現する方法をつかんだりするためだけの2頁です。

図4図5

 学びを深くするために学習を自己調整する役割、それを教科書が果たしてくれるとすれば、これほど心強い存在はないでしょう(※11)。生徒が学習を調整し、より深く進むための教科書。それは、ただの本や資料というよりも、生徒にとって「もう一人の私」のような存在かもしれません。

※1:ときおり、計画書を見る姿もありました。奥村高明「マナビズム―「知識」は変化し、「学力」は進化する」東洋館 2018 より。
※2:実際に、この後に友人の技法を取り入れました。奥村高明「美術教育における相互行為分析の視座-状況的学習論を基にした相互行為分析による指導法の改善-」筑波大学大学院博士論文 2011。
※3:「自己調整学習」の研究は1980年代から行われています。自己調整学習研究会 編著「自己調整学習: 理論と実践の新たな展開へ」北大路書房 2012より。
※4:「美術教育における学力分析 ~ルーブリックを用いた鑑賞学習の効果測定~ 2017-2019 基盤研究(C)課題番号17K04810」奥村高明他。
※5学びと美術<Vol.66>『「朝鑑賞」で学校改革』2018。
※6:例えば「観察したことを手がかりにします」という知識に関する項目と、「作品について知ったことや分かったことなどを組み立てるように考えます」という思考に関する項目が同じ因子として働いていました。
※7:鑑賞の学習活動では、知識と思考が分かちがたく結びついているのかもしれません。
※8:例えば「できるだけ自分自身で考えます 」という学習に向かおうとする態度と「作品についての先生や友達の説明、自分の考えなどを比べながら考えます」という学習を調整しようとする態度は別々に働いています。
※9:宮本 友弘、奥村 高明、東良 雅人、一條 彰子「中学校における美術鑑賞学習の自己評価尺度の開発 ―資質・能力の三つの柱の観点から―」東北大学 高度教養教育・学生支援機構 紀要第6号 2020 p.45
http://www.ihe.tohoku.ac.jp/cahe/wp-content/uploads/2020/04/211756b6f053aea6bac90752bed77f3e.pdf
※10:「深い学習」がどこかにあって、それを目指すのではなく、当たり前の学習を「深くする」という視点が重要でしょう。
※11:今回のように、自粛せざるを得ない状況では、特に有効だと思います。