学び!と美術

学び!と美術

写真家から見た図画工作の世界 ~「ぼくにもできる!」って喜べることがえらいんだ~
2024.03.11
学び!と美術 <Vol.139>
写真家から見た図画工作の世界 ~「ぼくにもできる!」って喜べることがえらいんだ~
写真家/株式会社ゆかい代表 池田晶紀

 平成27年度版、令和2年度版、そしてこの4月から使われる新しい日文の図画工作科教科書には、写真家の池田晶紀さんと同氏が率いるフォトグラファーの方々が撮影した写真がたくさん掲載されています。授業中の子どもたちの自然な姿や表情が切り取られた写真からは、材料に出会ったときの驚きや好奇心、つくりだす喜びなどがあふれ出ています。見る人を魅了する写真を撮る池田さんの目には、図画工作の授業や子どもたちがどのように映っているのでしょうか。

令和6年度版教科書「ずがこうさく」1・2上p.54から
撮影:池田晶紀(ゆかい)

イメージを超えることが写真の力

――池田さんたちが撮る写真からは、その瞬間の子どもたちの声が聞こえてくるようです。

そう言ってもらえるのは、ほんとうにありがたいです。

――編集部の「こんな写真を撮ってほしい」をはるかに超えてきますよね。

それは、超えないと意味がなくて(笑)。「イメージを超える」がいちばんの仕事のテーマなんですよ。

撮影の現場では偶然が重なって、自分たちが予測できていない、絵ではかけないことをビジュアルで捉えないと、写真で撮る意味がないってことなんですよね。

写真って、よくもわるくも「一発勝負」なんです。

令和2年度版教科書「ずがこうさく」1・2上p.42から
撮影:池田晶紀(ゆかい)

子どもって予測ができない。思いどおりにならない。そこを楽しまないと写真撮れないですよ。絵をかいているのと一緒になっちゃう。イメージを超えるって、そこなんですよね。

写真には撮影した人の思いが写る

――そういう写真を撮る秘訣ってありますか。

ぼくの父は写真館で学校写真を撮っててね。高校生くらいのころ、お手伝いしたときに「どうやって撮るの」って聞いたら、「『かわいい』って思ったときに撮ればいい」って言われて(笑)。それは「親から見てかわいい」って思ったときなんですよ。大人が見てかわいいって思ったとき。

それと、父は、子どもと同じ目線になって低くなって撮ってたなぁって。

――それが池田さんの原点?

そう。だからぼくも最初に撮影に入るときは、子どもたちと同じ目の高さで話す。

低い目線で近付いていって、「で、きょうはなんなの?」ってなんでもない話の続きを突然おじさんが話し始めるみたいな(笑)。「ちょっとずうずうしいけど面白いおじさんが来たな」みたいな感じでやってます。

子どもが見ている目線の高さじゃないと、子どもの視野に気付けないので、目線が低いのは鉄則なんですよね。

令和2年度版教科書「ずがこうさく」1・2下p.6から
撮影:池田晶紀(ゆかい)

さっきの「親が見てかわいい」って言うのは、「あ、こんな写真撮っておいてくれたんだ」みたいな、その瞬間だと思うんですよね。子どもの目線で写っていると、なんかこう、コミュニケーションできるんですよ。状況が写ってるんじゃなくて、撮った人の気持ちが写っているんですよ(笑)。

――池田さんはすぐに子どもたちと仲良くなりますよね。

カメラがあることで、緊張したりするじゃないですか。それをさせないで、自然に撮るというのが、一つの技術なのかもしれないんですけど。

でも、それってぼくには楽勝なんですよ(笑)。簡単なんです。説明はつかないんですけど。

令和2年度版教科書「ずがこうさく」1・2上p.52から
撮影:池田晶紀(ゆかい)

たぶん、「なめられてる」ってことだと思います。校長先生が来たら、ビビるじゃないですか。あきらかに、この人は校長先生じゃないって感じを出す(笑)。そういう「なめられる」っていうのは大事かもしれないですね。だから撮るときはね、絶対にスーツ着て行っちゃだめですよね、ぼくの場合。

でも、修学旅行みたいに長く一緒にいると、なめられ過ぎちゃうんですよ。なめられ過ぎもダメなんです。撮るのたいへんになっちゃう(笑)。だから、ほどよい「なめられ感」で(笑)。

人生を変えた「図工のみかた」

――撮影していて「この授業、いいな」って思ったことありますか。

全部の授業、ぼく好きです。いつも感動して撮影から帰ってくるんです。

その原点は、「図工のみかた(*1)に関わったことなんですよ。

「図工のみかた」01号

「図工のみかた」の取材で、辻政博先生や水島尚喜先生に会ったことが、本当にぼくの人生を変えちゃったくらい大きなことだった。それからのぼくらのクリエイティブが、なんか、そこに向かうようになったんですよ。

ちょうど自分の育児と重なったのもあるんですけど、子どもの教育にリアルに興味が沸いた。子どもが潜在的にもっている能力があって、それをどう伸ばすのかが学校教育だとすると、野性的思考とか、素材から何かイメージするっていう図工は、本当に入口だなって思って。

面倒くさがらないってうらやましい

例えば、子どもが木材と針金を組み合わせて何かつくろうとしたとして、針金をぎゅっぎゅっと回しながらつなげればしっかり固定されるんだけど、そのやり方を知らないで、ゆるいまんまでつなげていくとバラバラになってしまう。

「これ、ぎゅっとやると強くなるよ」っていうのを大人が教えてあげると、それまでやったことをばらして、もう一回やる。

そのときに「面倒くさい」という思いが走るのか、「ぼくにもできた!」という思いが走るのか、どちらかだと思うんです。

「ぼくにもできた!」っていう喜びが強いことがえらいんですよ!それが図工とか子どものプラスのエネルギーって感じがして。

令和6年度版教科書「ずがこうさく」1・2上p.34から
撮影:池ノ谷侑花(ゆかい)

面倒くさがらない。それに感動するの(笑)。

――大人は先を読んで面倒くさくなるんですよね。

そうそう。大人になっていろんなことを知っちゃうと「面倒くさい」が勝っちゃうから、うらやましいですよね。先のことを考えずに、とにかくがむしゃらにやっていく姿がね。

図工という「場」

――子どもの「もっとやりたい!」を引き出したいけど、うまくいかなくて悩んでいる先生もいます。

図工って、領域を越えて、本来の生きる楽しみを学べるものだと思うから、そのへんをうまく利用できるといいんじゃないかな。

最近思っているのが、もっとみんなが楽になる方法を知りたい。ちょっと楽になる。生きづらい人もちょっと楽になる。「楽」って「楽しい」っていう字にもなるので。

そういう自己啓発本はベストセラーで何年も売れ続けていて、それは本の中での著者と読者とのコミュニケーションなんだけど、組織とかグループの中でそれがないと思うんです。

――組織の中で「楽している」というのはあまりいい意味では使われないですよね。

そうそう。それを共感とか共有するには多少時間がかかると思うんだけど、それをぼくらは「なんだかんだ(*2)でやろうとしているんですね。

いろんな人が集まってきて、なおかつ、そこに上下関係がなくて、みんなが対等な場ができたらなって思ったときに、それって図工じゃないかなって。

「なんだかんだ」は2023年3月と11月に東京・神田で開催された、くらしをちょっと楽にする「おもしろさ」を考えるアートプロジェクト。池田さんも実行委員としてイベントのクリエイティブディレクションを担当。写真は道路に敷いた畳の上でバスタオルに包まれ、顔に載せたハーブの香りでリラックスする催し(ウィスキング)の様子。
撮影:池田晶紀(ゆかい)

図工って、先生がいたとしても教えるんじゃなくて、子どもがやってるのを見守るくらいじゃないかなと思ってて。「素材に出会って、あとは自分で考えなさい」っていうことなので、それは対等ですよね。危ないから助けるっていうのは大人の役割としてありますけど。

図工っていうのは一つの教科なんだけど、授業という時間の枠ではなくて、「場」なんだっていうことが分かった。場の力を使った時間をどう過ごすのかっていうのが、図工的であるっていうふうに思ったんですよね。

だから、図工やってるんですよ、「なんだかんだ」は。実は。

――「なんだかんだ」は図工だったんですね!

図工です(笑)。

子どもの常識を壊してあげる

「なんだかんだ」では、ヨガとかダンスとか、車いすで街歩きとか、いろんな企画を全部で30くらいやったんです。そこでは、対等な場をどう面白くしていくのかを、つくりながら考えようとしてた。

つくりながら考える、「問い」とセットになっているような、「問いを生み出す」みたいな場所。それが図工なんですよね(笑)。

大人は、問いをいかにつくるかってところが大切。「なんで、これが、こうなったんだろう」っていうことにもっと敏感にならないと。常識まみれになりすぎちゃってるところに、「なんなんだろう」って問い直す気持ちをもっともたないといけないと思います。

子どもは逆に壊さないといけない。

――壊す?

子どものマインドを、です。子どもはすでにYouTubeやテレビからいろんな情報を得ているから、そういうのを壊してあげる時間をつくらないともったいないなって思ってて。

――ちょっとピンときてなくて…。

まず、「完成させなきゃいけない」と思っていることとか。

――「作品を完成させる」という考えを壊す?

そう、壊す(笑)。

あと、これは「段ボールだ」とか「土」だとか思うことを壊す。段ボールじゃなくて、「これで何ができるのか」っていうのから始まる。

令和6年度版教科書「図画工作」3・4上p.5から
撮影:池ノ谷侑花(ゆかい)

だって、砂場遊びでは泥団子がハンバーグになるわけですから。「はい、あなたのハンバーグよ」っていうのがないと、子どもの遊びにならないと思うので。

唯一、先生が教えることって、「遊び方」なんですよ。遊びの仕方を知りたいんですよ、子どもは。それが勉強なんだと思うんですよね。どう遊ぶかは自分で考えればいい。

――それが教科書の役目でもあるんですね。遊び方が載っているっていう。

そう、そういうこと。遊び方を伝えたら、あとは「みんなで、いい時間過ごしてね」でいい。

子どもへの敬意がある!

ま、でも、いちばん伝えたかったのは、「図工のみかた」によって人生が変わりましたっていうくらい、ぼくには大きな影響があったってことです。

福祉に関心をもったっていうのもここからですね。障がいのある方と関わり合いをもつようになったのも、そう。「あ、そんな考えもあったのか」っていうことを受け止める。それが図工と同じなんですよね。

――いろんな違いを受け入れられる。そのきっかけが図工であったのがすごくうれしいです。

ほんとにそうだと思います。

あと、そうだ、分かった。図工は敬意がある!子どもに対して敬意がある!

素材だけ渡して「あとはみんなで考えて」っていうのは、先生が教えてつくったものよりも子どもたちがつくったほうがいいに決まっているからなんですよ。

令和6年度版教科書「図画工作」5・6上p.26から
撮影:杉山亜希子(ゆかい)

見本でつくったものを超えてきてくれる、そんなこと先生は百も承知なので。子どもに対して敬意をもっている時間っていうのは、ほかの授業では分かりにくいですよね。

それだよ、図工がいい時間だなって思えるのは!(笑)

*1:「図工のみかた」は2017~2019年に日本文教出版が発行した教授用資料。池田さんはクリエイティブディレクターとして参画。取材から紙面デザインまで編集部と話し合いながら全10号を制作した。
*2:「なんだかんだ」では、池田さんは実行委員(クリエイティブディレクター)を務めた。路上実験イベントと称し、さまざまな参加型のコンテンツを用意。サウナやヨガなどのほか、車いす体験スタンプラリーなど福祉的な側面にも力を入れているとのこと。

池田晶紀(いけだ・まさのり)
写真家。
1999年、自ら運営していた「ドラックアウトスタジオ」で発表活動を始める。2003年よりポートレイト・シリーズ「休日の写真館」の制作・発表を開始。2006年写真事務所「ゆかい」設立。クリエイティブディレクター、映像ディレクターとしても活動する。2010年馬喰町にてオルタナティブ・スペース「ドラックアウトスタジオ」の運営を再開。2021年スタジオを神田ポートビルへ移転し、同ビルのクリエイティブディレションを担当。神田への移転を機に、神田の社会実験及びまちづくりを計画した路上企画や地域情報のWebサイト「オープンカンダ」のディレクションなども行なっている。国内外での個展・グループ展多数。一般社団法人フィンランドサウナクラブ会員、かみふらの大使など。主な著書に、写真集『SAUNA』(ゆかいパブリッシング)、『いなせな東京』(コマンドN)がある。近年の展覧会は、2023年「池田晶紀写真展 写真でつながる街と街〜大手町・神田〜東京ビエンナーレはじまり展〜」、2018年「池田晶紀 Portrait Project 2012-2018 いなせな東京」(3331 Arts Chiyoda メインギャラリー、東京)、2017年池田晶紀展「SUN」(スパイラルガーデン、東京)など。

※本記事は令和2年度版および令和6年度板小学校図画工作科内容解説資料として扱われます。