学び!とシネマ
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いま、世界のどこかでおきている現実

カザフスタンのアルマトイ。石油価格が高騰したせいで、豊かになりつつある町を舞台に、国籍の異なる三人の若者の悲惨な現実が、ドキュメンタリー・タッチで描かれる。
「ウイグルからきた少年」(アップリンク配給)に登場する三人の若者は、まだ少年、少女といっていいほどの年齢で、建築工事が中断した廃屋のような部屋に同居している。
アユグは、中国の新彊(しんきょう)ウイグル自治区から逃げてきた少年。母親から、生きて逃げるように言われ、トラックに忍び込んでの不法入国である。新彊ウイグル自治区では、この夏、抗議デモで多くの死傷者が出たが、中国側の報道ばかりで、その実態はくわしくは分からない。アユグも、おそらくは弾圧された側のウイグルの少年という設定である。
ロシア人の少女マーシャは、家出をして、街娼をしている。おそらく、さまざまな事情があったはずであるが、くわしくは語られていない。もう一人のカエサルは、カザフスタンの裕福な家の育ちのようだが、彼もまた、現実に失望したのか、家出をしてしまう。
廃屋で暮らす三人は、警察の手入れがないよう、管理人らしい男に家賃を払っている。
アユグはレンガ工場で働いているが、ある日、管理人が話を持ちかける。「英雄になれるぞ、母親も助け出す」という言葉につられて、なんと、自爆テロのメンバーとしての訓練を受けることになる。
ホモの中年男性に誘われているカエサルは、男にナイフを突きつけ金を奪う。その恨みで、逆に見知らぬ少年たちに刺されてしまう。
マーシャは、携帯電話の連絡で売春、お金を稼いでいる。咳が止まらず、血を吐くほどに、体は弱っているようだ。あどけない少女なのに、化粧をした表情は虚ろである。
訓練を終えたアユグは、体に爆弾を巻き付け、祭りでにぎわう町の幸せそうな人たちに近づいていく。
映画は、極端に少ないセリフで、静かに進行する。いま、世界のどこかでありえる現実を淡々と描く。背景には、カザフスタンという国や、かつて東トルキスタンという国であった新彊ウイグル自治区の歴史が横たわっている。そして、その裏には、旧ソ連や中国の外交政策が複雑に絡みあっている。
ウイグル人は自爆テロなどはしない民族と聞いているが、イラクでは、幼い若者が実際に自爆テロを決行している。
三人の幼い若者の生きざまは、いま世界のどこかの現実でもある。映画からは、多くの歴史やいまの現実を、より多く見てとってほしいというメッセージが伝わってくる。
2009年10月3日(土)より渋谷アップリンク他、全国順次ロードショー
■「ウイグルからきた少年」公式Webサイト
監督・脚本・編集:佐野伸寿
出演:ラスール・ウルミリャロフ、カエサル・ドイセハノフ、アナスタシア・ビルツォーバ、ダルジャン・オミルバエフ他
撮影:ボリス・トロシェフ
原題:YASHI
2008年/日本・ロシア・カザフスタン/Video/16:9/カラー/ウイグル語、カザフ語、ロシア語/65分
配給・宣伝:アップリンク