学び!とシネマ

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THE MOLE(ザ・モール)
2021.10.13
学び!とシネマ <Vol.186>
THE MOLE(ザ・モール)
二井 康雄(ふたい・やすお)

© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

 「THE MOLE(ザ・モール)」(ツイン配給)は、北朝鮮の国際的な闇ビジネスに迫ったドキュメンタリー映画だ。
 デンマークのコペンハーゲンに住む元料理人のウルリク・ラーセンは、北朝鮮の実情に多大の興味を抱いている。ウルリクは、かつて、「ザ・レッド・チャペル」や「誰がハマーショルドを殺したか」を撮った、デンマーク出身の映画監督マッツ・ブリュガーに、ドキュメンタリー映画を撮ってもらえないかと持ち掛ける。ジャーナリストでもあり、潜入取材を得意とするブリュガーは、ウルリクの依頼を引き受ける。
 並みのスパイ映画を凌駕するほどのサスペンスで、全編、「これ、ほんと?」と思いながら、映画に引き寄せられてしまう。事実は小説より、はるかに奇なのだ。映画は、2011年からほぼ10年ほどの顛末を、元MI5局員のアニー・マションという女性のインタビューと、監督自身のナレーションをはさみながら描いていく。
 2011年。ウルリクは、コペンハーゲンにある北朝鮮友好協会に加入する。翌年、ウルリクは協会のメンバーとともに、北朝鮮のピョンヤンを訪問する。ここでウルリクは、スペイン人で、KFA(朝鮮親善協会)の会長、アレハンドロと出会う。アレハンドロは、北朝鮮の政府高官とも親しく、かなりの大物である。
 2013年。スペインのバルセロナで、ウルリクは、アレハンドロと再会し、KFAのデンマーク支部の代表になる。
© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS 2015年。スペインのタラゴナで、KFAの総会が開催される。アレハンドロは、ウルリクに持ち掛ける。「北朝鮮とのビジネスに関心のある投資家を探してほしい」と。
 ブリュガーは、かつてフランスの外人部隊にいたジムという男を、ウルリクに紹介し、ジムをジェームズという名の投資家役に仕立てる。
 2016年。ノルウェーのオスロ。ウルリクはアレハンドロを招き、石油王としてジェームズを紹介する。アレハンドロは、なんと北朝鮮の武器や覚せい剤の取引を持ち掛けてくる。
 スペインのマドリード。ジェームズは、「イスラエルにも武器を売りたい」とアレハンドロを喜ばす。
 2017年。アレハンドロの計らいで、ウルリクとジェームズはピョンヤンに向かう。ふたりはVIP待遇を受け、3日目、ピョンヤン郊外の貧しい人たちの住む一角に連れて行かれる。古ぼけたビルの地下は、豪華な部屋だ。北朝鮮の武器工場の責任者たちと顔を合わせる。ふたりは、武器や覚せい剤を作る工場を、国外で建設する提案を受ける。
 アフリカのウガンダ。ビクトリア湖に浮かぶ小さな島が、工場建設の候補にあがる。ウガンダ政府の要人の計らいで、計画はとんとん拍子に進む。さらに、北朝鮮の武器商人のダニーが、ジェームズに仕事を依頼する。「北朝鮮の武器をシリアに運んでほしい」と。
 2018年。ヨルダンのアンマン。ジェームズは、アレハンドロの提案で、石油の密輸にも協力することになる。そして、この闇ビジネスは、とてつもなく大きなものになっていく。
© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS 国際的にさまざまな制裁を受けている北朝鮮である。その闇ビジネスの底は深い。
 ウルリクとジェームズは、北朝鮮の闇ビジネスの実態を暴こうとする、いわばスパイである。いろんな人物と出会うが、どこでどんなふうに盗聴、盗撮されているか分からない。また、ウルリクたちも、場合によっては盗聴し、盗撮する。「武器」とか「覚せい剤」とは言わず、別の言葉に言い換える。そういった、スパイ行為につきもののテクニックが、詳細に描かれる。
 また、武器や石油を運ぶ複雑な手口も登場する。物流には、ロシアの影も見え隠れする。
 北朝鮮製の武器の説明書が登場する。核兵器以外、なんでも売ろうとしている。日本まで射程圏に入る大型ミサイルは1400万ドル。驚くしかない。
 ちなみに、タイトルの「ザ・モール」とは、もぐらを意味する。転じて、スパイのこと。
 フィクション、ドキュメンタリーを問わず、北朝鮮の内情を描いた多くの映画があるが、これは傑出した面白さ。わが日本は、北朝鮮とは、ほとんど、外交交渉も出来ず、拉致問題は、何の進展もない。新しい政権は、北朝鮮と交渉しようと言うが、どうなることやら。日本政府は、北朝鮮を描いた映画たちから、学ぶこと多々。
 心配なのは、監督やプロデューサー、主人公のウルリクたちに及ぶかもしれない、北朝鮮からの圧力だ。平気で外国人を拉致するような国である。関係者の今後の無事を祈るしかない。

2021年10月15日(金)より、シネマート新宿シネマート心斎橋ほか全国順次公開

『THE MOLE(ザ・モール)』公式Webサイト

監督:マッツ・ブリュガー『誰がハマーショルドを殺したか』
2020年/ノルウェー、デンマーク、イギリス、スウェーデン/英語ほか/120分
原題:「THE MOLE – UNDERCOVER IN NORTH KOREA」
協力:NHKエンタープライズ
配給:ツイン