学び!とESD

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ポスト・コロナ時代の教育 ‘ESD for 2030’からの示唆 ~その3~
2020.09.15
学び!とESD <Vol.09>
ポスト・コロナ時代の教育 ‘ESD for 2030’からの示唆 ~その3~
永田 佳之(ながた・よしゆき)

 前回は‘ESD for 2030’を概説し、ESDもSDGsも共に目標として掲げる‘D’(開発)もしくは‘SD’(持続可能な開発)そのものの捉え直しが今後の重要な役割として示されていることを確認しました。これは、脱グローバル化が声高に叫ばれるウィズ・コロナの時代からすれば先見の明とも捉えられなくもないですが、グローバル化の負の側面に対する危機感がESD関係者につとに共有されていたことの現れであると言えましょう。野放図の開発の挙句に新型コロナウィルスと遭遇した人類に対しては、「その2」で紹介したスターリン氏が論じたように、教育の向かうべき方向性にも警鐘が鳴らされていたのです(スターリン氏は「ユネスコ/日本ESD賞」国際選考委員会の副委員長を務めたESDの論客であり、国際的にも知られるプリマス大学名誉教授です(写真の右から2番目))。
 では、そうした時代の教育にはどのような学習が求められるのでしょう。ESDは多義的で、その守備範囲は広く(「その2」の図1)、時代の趨勢の中で強調される側面はシフトしてきました。ここでは、ウィズ・コロナもしくはポスト・コロナの時代に求められる学習とはどのような性格の学びなのかについて考えます。

出典:ユネスコ本部ホームページ “Internatioanl Jury”(https://en.unesco.org/prize-esd/jury

ポスト・コロナ時代の学習の方向性

 「その2」でも述べたとおり、ESDは常に進化している概念です。ときには時代のニーズを受け入れ、ときには時代をも捉え直すようなダイナミズムの中で変容を遂げてきました。
 「ESDの10年」(2005-2014)はグローバル化が加速的に進んだ時期と重なり、当初はグローバル化に対応できるスキルの習得が強調されていました。ユネスコが策定した国際実施計画では「高次の思考スキル」として批判的思考や創造的思考、協働的思考、問題解決能力などが21世紀を生きる術(すべ)として強調され、これらを通してグローバル化の時代を生きる市民を育成しようとする実施計画がユネスコ加盟国で共有されていたのです。
 しかし‘ESD for 2030’では「10年」の当初から強調されていた批判的思考以外のスキルはトーンダウンし、「その1」で触れた「ヒューマニスティック・アプローチ」の系譜上に位置づけられる諸概念が強調されるに至りました。その背景には、冒頭で触れた「開発」、換言すれば、グローバル資本主義に対する疑念が高揚していたことが指摘されてよいでしょう。
 ‘ESD for 2030’では、上記のスキルを代替するかのごとく次のキーワードが登場しています。すなわち、これからは地球規模の課題と深い次元でつながることが重要であり、そうしてはじめて「共感(エンパシー)」が生まれ、「慈愛(コンパッション)」へと深化していく。さらに「本質的な問い」を通して課題を〈自分ごと化〉し、学習者を問題解決の行動へとエンパワーするような学びが求められるのです(詳しくは、参考文献の「‘ESD for 2030’を読み解く」を参照)。
 こうした一連の深い次元での学びの過程をユネスコは「変容的行動(トランスフォーマティブ・アクション)」と呼んでいます。つまり「国連ESDの10年」の頃はスキル習得が前面に出されていたのが、‘ESD for 2030’では習得されたスキルが上滑りして環境破壊や戦争などに活かされることがないように、常に「本質的な問い」と共に歩むような、より深い次元の変容が志向されています。
図1 持続可能な暮らしから持続可能性の文化へ 今後、「持続可能な開発」の代わりに目指されるべきキーワードを‘ESD for 2030’から挙げるとすれば、それは「持続可能性の文化(カルチャー・オブ・サスティナビリティ)」となるでしょう。これは、持続可能な環境のみならず循環型の経済と多文化共生型の社会の基層もしくは土壌であり、こうした文化を醸成するために、地球規模の課題を自身の暮らしと関連づけて捉えられる資質を備えた市民性の育成が求められているのです。つまり、身近な課題として持続可能性を捉え、変容的行動を通して社会全体で持続可能性の文化を醸成していくイメージです(図1参照)。
 また、学習者にとって創造的に伝統的慣習を変えていくようなディスラプティブ(破壊的)な着想を試すための「余白」が必要であることも強調されています。さらに、注記ではありますが、複雑な現実課題への気づきと理解、共感、慈愛、エンパワメントという順に直線的に学習が成立していくとは限らず、エンパワメントに至るまで多様なプロセスがあってよい、とも記されています。
 ここで留意したいのは、「思考スキル」が好ましくないというわけではなく、それが正義にも不正義にも使われ得るということです。安彦忠彦は、「実践的思考能力」は流行であり、その一方で不易は基礎基本と並んで人格形成であることを主張しています。また、知っている学力から知っていることを活用する学力はもちろん大切なものの、より重要なのは何のために活用するかであり、近年は人格的要素のうち学力の中に通用するものだけが重視され、そうでないものは価値のないものと見なされる危険性が見られる、と述べています(『「コンピテンシー・ベース」を超える授業づくり』)。
 思考スキルが「持続可能な未来」へと活かされるか否かは、パンデミック後の社会の舵取りをする私たち次第なのだと言えるでしょう。そのために「本質な問い」をもって自分たちの社会の方向性を常に問い直すという不断の努力なくしては、持続可能な暮らし、ひいては持続可能な文化の実現は覚束ないと言えるでしょう。

【引用・参考文献】

  • 安彦忠彦『持続可能な社会と学力:現行および次期の学習指導要領をめぐって』みくに出版(オンライン版講演記録), 2015年.
  • 安彦忠彦「グローバル化時代の日本人の育成:カリキュラム開発の観点からの検討」『神奈川大学心理・教育研究論集』第46号 2019年, 5-20頁
  • 安彦忠彦『「コンピテンシー・ベース」を超える授業づくり』図書文化社, 2014年.
  • セルジュ・ラトゥーシュ『経済成長なき社会発展は可能か?―〈脱成長〉と〈ポスト開発〉の経済学』(中野佳裕訳), 作品社, 2010年.
  • 永田佳之「‘ESD for 2030’を読み解く:「持続可能な開発のための教育」の真髄とは」『ESD研究』日本ESD学会, 2020年9月.
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