学び!とESD

学び!とESD

コロナ禍の学びを考える ―持続可能な未来へのCONNECTEDkind(コネクティッド・カインド)(その1)
2021.04.15
学び!とESD <Vol.16>
コロナ禍の学びを考える ―持続可能な未来へのCONNECTEDkind(コネクティッド・カインド)(その1)
永田 佳之(ながた・よしゆき)

 ESD for 2030の特集(Vol.)でもふれた通り、ESDの優先課題のひとつは持続可能な未来をつくる市民性の育成です。その市民性を育む上で問われるのは、持続可能な未来に向けた自然との、そして人間同士の「つながり」をいかに再構築していくのかです。こうした関係性を新たに創造していくためのキーワードは「想像力」であると筆者は考えています。ただ、この想像力の涵養は狭義の美術教育に収斂されてはなりません。ここでは、そのための学びとしてCONNECTEDkind(コネクティッドカインド)という、コロナ禍で誕生したアクティビティを紹介したいと思います。

コロナ禍から生まれた新たな学び

 2020年春先、多くの大学は1ヶ月ほど授業開始を遅らせることを学生に通知しました。新型コロナウイルスによる急速な感染症拡大という前代未聞の事態に直面し、唐突にステイホームと言われ、新学期を目前にしていた学生たちは戸惑いを隠せませんでした。そこで筆者は「オンライン自主ゼミ」を本来の授業開始日から行う、と伝えてみました。単位取得にならない授業ですが、結果、履修した学生ばかりか、聞きつけた他大の学生や社会人など、3カ国から10人あまりの大学院生や社会人が集う学習グループが生まれました。
 非公式なので学生のニーズに合わせて自由に授業づくりができました。当初はサティシュ・クマールやバンダナ・シバによる新型コロナウイルスに関する論考を読んでいましたが、コロナ禍がもたらした不安や緊張を解くことはある程度はできたものの、学生たちは知識のレベルとは異なる、深い次元で安寧を欲していると感じました。
 そこで皆で心を寄せ合えるCONNECTEDkindというアクティビティを試みてみました。このアクティビティの創始者は、ラトビアのラウラ・ベレーヴィチャさんですが、筆者にそのことを教えてくれたのはフィンランド在住のイギリス人のESD研究者でした。彼は、新型コロナウイルスの感染で世界中の子どもたちが学校で学ぶ機会を失っているが、CONNECTEDkindという素晴らしいESDの実践と出会ったのでぜひ日本の学生たちとやってみてはどうか、とメールをしてきました。昨年4月初旬のことです。
 CONNECTEDkindの合言葉は “Stay home, but stay connected!”(お家にいよう、でもつながりながら!)」です。何とコネクトするかというと、人と自然、そして夢、さらには後述する「影」とです。その手法は次のようにいたってシンプルです。

  1. 自宅近くをスマートフォンかカメラを持って散歩する。(できるだけ晴れた日を選ぶ)
  2. 森や公園や道端に落ちている自然物、つまり葉っぱや枝や小石や花弁などを見つけて、その物の影と一緒に写真を撮る。何枚撮ってもOK。
  3. 自宅に戻ってお気に入りの1枚を選ぶ。
  4. 撮った写真を紙にプリントするかスマートフォン上で見られるようにし、自然物と影の形から想像したものをペンなどで描く。
  5. 家族や友人と対面かオンラインで作品を見せ合い、自分の作品の説明や他者の作品の印象を分かち合う。

「みんなちがってみんないい」という感性を育む

 公園に落ちていた1枚の葉っぱとその影を見て、猫を想う人もいれば、船を想う人もいます。道端にある石とその影を見て、人の顔を想像する人もいれば、山を想像する人もいます。絵の得手不得手は関係ありません。誰もがもつ想像力を楽しみながら育むのです。始めは不慣れでも、想像力は鍛えられ、上達します。実際、創始者であるラウラさんも回を重ねるごとに想像したものをより上手に描くことができるようになったと言います。

写真1

 彼女の作品例を見てみましょう。写真1は、ロスアンジェルスのラウラさん宅近くに落ちていた葉っぱとその影の写真です。皆さんは、この1枚の写真を見て、何を想像するでしょうか……。葉っぱと影を色々な向きに変えつつ、ラウラさんの想像から生まれたのは、バレリーナであり、キツネであり、空飛ぶ絨毯に乗る王子様です(写真2&3&4)。

写真2
©Laura Belevica
写真3
©Laura Belevica
写真4
©Laura Belevica

 多くの人は、このアクティビティを体験してみると驚きます。というのは、つい誰もが自分と同じものを描くであろうと思いますが、上記の5.で実際に見せ合うと、他者はまったく異なる「何か」を描くことが多いからです。例えば、葉っぱが魚に見えた人は、帽子を描いている他者の絵を見て新鮮な驚きを覚えます。逆に、自分と同じものを他者も描いていることを知った時は喜びを分かち合うことができます。
 自分の作品と他者の作品を比べるのは、優劣ではなく個性の違いなので、意外性を楽しむことができます。その結果、他者の価値観や世界観を素直に受容するようになり、「みんなちがってみんないい」という感覚が自ずと身に付きます。新型コロナウイルスと同時に世界には不寛容も蔓延し、各地で差別や暴力行為が見られるようになりました。自分と異なる他者への想像力が問われている時代にCONNECTEDkindは格好の学習アプローチなのではないでしょうか。

「影」を受容する

 先に、CONNECTEDkindでつながるのは上記の3つの要素であると述べましたが、実は「影」とのつながりがこのアクティビティの要なのです。写真を撮る時、自然物と共に影も撮影することがルールなので天気に左右されることは避けられません。晴れた日を選んで写真を蓄えておくとよいです。コロナ禍の1年間、このアクティビティをセミナーや授業で続けてみて実感できたのは、想像力を駆使して想いを込めた作品を描く人々は、作品にとって「影」が不可欠な要素であるということを感覚的に把握しているということです。誰もがもつ負の側面を否定せずに受容し、慈しむ態度は大切で、また作品を組織や地域社会と重ねれば、影で支えている人々や我々の暮らしの礎となっている自然への想像力も重要なのです。このシンプルな学びの背景には、古代中国の陰陽思想にも通じる何かがあるかもしれない、などと思いを巡らしてしまいます。
 先のラウラさんの作品はいわばプロの作品であるので見事という他ありません。しかし、授業で同様に試してみると、どの作品も微笑ましいものばかりです。次回は学生たちの作品を紹介し、CONNECTEDkindの深い世界をさらに探求してみたいと思います。