学び!とESD

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ESDと気候変動教育(その2) ‘Learning by Doing’ ― アジア学院からの示唆
2021.07.15
学び!とESD <Vol.19>
ESDと気候変動教育(その2) ‘Learning by Doing’ ― アジア学院からの示唆
神田 和可子(永田研究室大学院生)

 ‘ESD for 2030’ ベルリン大会(学び!とESD <Vol.18>)において喫緊の課題として繰り返し強調されていた気候危機ですが、どのような教育実践が考えられるのでしょうか。
 気候変動教育はESDの重要なテーマとして「国連ESDの10年(DESD)」の後継プログラムである「グローバル・アクション・プログラム(GAP)」のもとでも取り組まれてきました。ユネスコは国連気候変動枠組条約(UNFCCC)やユニセフなど13の国連機関との連携を通じて、気候変動教育とパブリック・アウェアネス(一般市民の意識啓発)を推進しています。
 第1弾に続き(学び!とESD <Vol.14>)、今回は2019年ユネスコ/日本ESD賞(*1)の国内公募で日本を代表するESD実践として選出された学校法人アジア学院(*2)の教育実践から気候変動教育について考えていきます。

‘Learning by Doing’(実践による学び)

 「共に生きるために ‘That We May Live Together’」をモットーに間もなく創設50周年を迎えるアジア学院は、栃木県那須塩原市に1973年に創立された農村指導者養成専門学校です。アジア・アフリカ・中南米・太平洋諸島などから集う学生は国籍や宗教などの違いを越えて、約9カ月間におよぶ有機農業による自給自足の共同生活を送りながらサーバントリーダシップや農業技術などを学んでいます。
 2021年4月に入学したアジア学院に通う学生は、これまでの学びについて「食べものがつくられる過程を体験することで、いのちをいただく意味や生命についても考えるようになった」「気候変動という概念を使わずに核心部分を学んでいる」など、入学から3カ月を経て感想を共有してくれました。これらの感想は、教育のあり方や学び方に新たな視座を与えてくれます。自然の法則に従った農業を通した ‘Learning by Doing’(実践による学び)は、これまでのESDや気候変動教育においても指摘されてきた知識偏重型の学びに代わる実践とも言えるでしょう。
 アジア学院の創設者である髙見敏弘氏は、「食べものは、自然の営みと人間の営みの結晶」であると説き、自然と人間を結ぶ絆である食べものの尊さを首唱してきました。さらに、人間中心的生活様式は人間性を奪い取る危険性を孕んでいるとし、私たちの生に備わっている情感や感覚を豊かにすることの重要性についても言及しています。
 近年、ESDおよび気候変動教育においても認知的学習と社会情動および行動的学習とのバランスが指摘されています。アジア学院の実践は、その課題を乗り越える示唆を与えてくれます。

 次に、2019年度に聖心女子大学グローバル共生研究所にて永田研究室が実施した社会情動的学習(SEL)に焦点を当てた気候変動教育の実践をもとに、気候変動教育の可能性について考えます。

2019年度のアジア学院での授業風景

気候変動教育における物語の可能性

 本実践は、ストーリーテリングと詩の創作活動を通して気候変動の論点でもある気候正義に焦点を当てた内容で編成しました。2014年の国連気候サミットの開会式にて気候変動活動家でありながら詩人でもあるキャシー・ジェトニル=キージナー氏が当時7カ月の愛娘に宛てた ‘Dear Matafele-Peinam’ (*3)から着想を得ました。
 学生たちの作品には、気候変動のような地球規模で想像が及ばないと思われがちな複雑な課題を一人ひとりの心へ手繰り寄せ、自然が主語になっている作品や希望を描いた作品、気候変動を引き起こした人間による開発を問う作品、母なる大地へ向けた作品など想像力に富んだ作品の数々が生まれました(*4)
 ここでは紙幅の関係上、下記に学生の作品を一つ紹介します。

Mさんの詩「傷ついた大地へ願いごと」(筆者訳)

 上記の詩は情感や感覚を呼び起こす学びが学習者にもたらされた事例と言えるでしょう。作者自身の心の動きはもちろんですが、読者も想像を巡らせ、感情が動かされるのではないでしょうか。
 先述の髙見氏による食べものが自然と人間を結びつける役割を担っていたのと同様、ストーリーテリングや詩を用いた感性を育む学びは、自己と他者(自然も含む)との関係を結びつけ、競争や所有に対極する分かち合いの共同体を築く足掛かりとなるでしょう。

*1:ユネスコ/ESD賞については学び!とESD <Vol.10>をご覧ください。
*2:長年にわたり、公正で平和な社会づくりおよびサーバントリーダーの輩出に貢献してきたことが評価され、国内公募で選出されました。
*3:2014年国連地球サミット開会式(https://youtu.be/mc_IgE7TBSY
*4:本実践の詳細に関しては大栁ほか(2020)をご覧ください。

【参考文献】

  • 大栁由紀子・神田和可子・永田佳之(2020)「アジア学院における気候変動教育:価値観・行動・ライフスタイルの変容に向けた試み」『euodo: Journal of Rural Future Study(アジア学院紀要 nr.4』pp.12-29(英語版, pp.2-11).
  • 神田和可子(2018)「気候正義―変革を可能にする若者の力―」『気候変動と教育に関する学術的研究―適応と緩和のためのESD教材開発と教員研修』科学研究費最終報告書, 代表:永田佳之, pp.30-37.
  • 髙見敏弘(1996)『土とともに生きる―アジア学院とわたし』日本基督教団出版局.
    ―(2020)「食べものを分かち合うことはいのちを分かち合うこと―被造物としてあるべき生き方を求めて」『euodo: Journal of Rural Future Study(アジア学院紀要)nr. 4』pp.101-108. (英語版, pp.92-100)
  • 永田佳之(2020)「理論編③気候変動教育の現在 国際的な動向および国内外の理論と実践」『開発教育』編集委員会編『開発教育 67号』認定特定非営利活動法人 開発教育協会, pp.20-29.
  • UNESCO. Climate Change Education and Awareness. 〈https://en.unesco.org/themes/addressing-climate-change/climate-change-education-and-awareness〉(2021年7月1日参照)