学び!とESD

学び!とESD

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その1)
2024.02.15
学び!とESD <Vol.50>
「ユネスコ教育勧告」の誕生(その1)
永田 佳之(ながた・よしゆき)

 世界中で目指されるべき学習の目標や向かうべき教育の方向性が示された勧告、いわばお墨付きの「提言集」があることをご存じでしょうか。ユネスコが1974年に採択した通称「国際教育勧告」もしくは「1974年勧告」(正式名称「国際理解、国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告」)はそのように呼べる希少な国際文書でした。
 昨年11月、第42回ユネスコ総会での総意としてこの勧告が半世紀ぶりに改定され、「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」(以下、「ユネスコ教育勧告」と略)という新たな名称のもとに生まれ変わりました(*1)
 50年前に採択された「国際教育勧告」はユネスコ加盟国に共通する教育の課題や目指すべき目標となり、自国の教育を見直すチャンスを提供してきましたが、日本をはじめ、各国ではその真意を十全に活かすことは残念ながらままなりませんでした(*2)。それだけに新しい勧告に寄せられる期待は少なくないと言えます。
 上記のタイトルを見ると、「グローバル・シチズンシップ」等のほか、「持続可能な開発のための教育」、つまりESDが新たに加えられていることが分かります。これらが挑む課題は50年前は現代ほど深刻ではありませんでしたが、現在では全てのユネスコ加盟国が優先的に重んじるべき教育領域になったと言えます。また、新たな勧告には「学び!とESD」Vol.31Vol.35で紹介した「教育の未来報告書」(2021年)と「教育変革サミット」(2022年)の知見を活かすように期待されていたことは特記に値するでしょう。
 なぜ50年もの時を経て改定されたのでしょう。その主たる理由は、現代社会特有の地球規模の課題である環境・気候変動問題、生物多様性の消失、感染症の蔓延、レイシズムやヘイトスピーチなどの暴力、格差、持続不可能な消費社会、AIに代表されるテクノロジーの急速な進展など、半世紀前には問題視されていなかった問題に対応するためです。たしかに、気候変動など、近年は誰もが意識するようになった地球規模の課題は半世紀前にはさほど問題視されておらず、「国際教育勧告」では環境問題はわずかな言及にとどまり、人権が前面に出されていました。
 「持続可能な開発」が略称のタイトルにまで含まれたことは、ESDが国連のフラグシップ事業となり、その後も10年間ほど普及の努力を途絶えさせなかった成果であると言えましょう。また、長年にわたり参照される勧告なので、しばらくの間、ESDは世界的な教育課題に挑んでいく立場の教育として位置づけられたとも言えます。
 最後になりますが、「ユネスコ教育勧告」の構成を見てみたいと思います。主な構成は次のとおりです。

  • 世界の共通課題
  • 国境を越えた「定義」の共有
  • 14の主導原則
  • 12の学習目標
  • 多岐にわたる行動領域
  • フォローアップ

 「世界の共通課題」は先に述べた地球規模の諸課題と重なり、人類存続の危機が意識されています。また、勧告の冒頭には重要な教育課題のキーワードの定義が明記されています。「教育」とは「奪うことのできない人権」であると明記され、さらに「平和」「国際理解」「平和の文化」「人権」「持続可能な開発のための教育」などが定義されています。ちなみにESDは「教育への変容的アプローチ」であり、「文化の多様性を尊重しつつ、現在及び将来世代にとって環境が生き生きとし、経済が活性化し、社会が公正になることを目指し、十分な情報に基づいた意思決定を行い、責任ある行動をとれるように学習者をエンパワーする」というESD for 2030(「学び!とESD」Vol.7, Vol.8, Vol.9)からの表現が定義として用いられています。
 「ユネスコ教育勧告」の採択から2か月が経ち、そのメッセージを広く届けるための冊子(図1)もユネスコから刊行されました(*3)。そこでは勧告の包摂性、つまり保育・幼児教育段階から高等教育、さらには生涯学習まで全ての教育・学習段階に適合されるべき提言であること、また学校教師や地域の活動家から政策策定者に至るまであらゆる教育関係者に関わる課題であることが具体的に描かれています。こうした資料に基づいて、次回は 勧告の「目玉」とも言える主導原則(ガイディング・プリンシプル)など、注目すべき特徴について説明したいと思います。

図1:「ユネスコ教育勧告」概説の冊子(表紙)
出典:UNESCO Digital Library

*1:採択された文書は次からダウンロードできます。
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000386924?posInSet=1&queryId=88262d97-74b6-4100-bd33-8cc96a779989
*2:こうした見解を共有してきた研究は少なくありません(例えば次を参照)。市民社会及び政府の課題であると言えましょう。日本国際理解教育学会 研究・実践委員会『特定課題研究 21世紀の社会変容と国際理解教育(報告書)』2022年11月.
https://kokusairikai.com/wp-content/uploads/2022/12/f4520f9a00e78b7055cc62b121ad188e-1.pdf
*3:UNESCO (2024) The UNESCO Recommendation on Education for Peace, Human Rights and Sustainable Development: An Explainer.
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000388330