学び!とESD

学び!とESD

「ユネスコ教育勧告」の誕生(その4) ユネスコ教育勧告と教員/スタッフ研修
2025.06.16
学び!とESD <Vol.66>
「ユネスコ教育勧告」の誕生(その4) ユネスコ教育勧告と教員/スタッフ研修
永田 佳之(ながた・よしゆき)

 前号では、「ユネスコ教育勧告」(正式名称「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シチズンシップ、持続可能な開発のための教育に関する勧告」)のエッセンスを知り、学びを深めるためのカード型教材を紹介しました。今号では、「ユネスコ教育勧告」を活かすために欠かせない研修について記します。カード型教材を用いて行われた学校での教職員研修や、NPO職員や地域の活動家、教育委員会職員、保護者らを対象にした研修を紹介しながら、その重要性について書いてみたいと思います。
 カリキュラムや教材など、多様な教育課題について言及がある「ユネスコ教育勧告」では、研修についても次のように書かれています(*1)

加盟国は、「平和と人権、国際理解、協力、基本的自由、グローバル・シティズンシップおよび持続可能な開発のための教育に関する勧告」の目的にかなう教育活動が、さまざまな段階や種類の教育や知識、修養、学習、研修といったカリキュラムにおいて配置され、首尾一貫して統合的になされるように取り組むべきである。(第19項) (加盟国は)本勧告に示されているスキルを教員が身につけるため、対面での研修やオンライン、遠隔、ハイブリッド方式を含め、継続的な専門的力量形成の機会を奨励し、促進すること。(第42項)

 以上のように、「ユネスコ教育勧告」ではその目的、すなわち平和や持続可能な社会、さらにはこのシリーズの「その1」(Vol.51)と「その2」(Vol.52)で示したような「インクルーシブ」や「グローバル・シティズンシップ」等の理念を実現するために多様な取り組みが奨励されており、研修も重視されています。
 前号で紹介したカード型教材も勧告の「目的にかなう教育活動」のためにつくられましたが、それを生かすには研修を通した「継続的な専門的力量形成の機会」が不可欠です。試験的ではありますが、カード型教材とセットで研修も継続的に実施されてきましたので、その骨子をお伝えします(*2)

研修の概要

 研修プログラムの基本的な構成は次のとおりです。

「ユネスコ教育勧告」が改定された背景、その特徴や意義、「14の主導原則」に関する講義(20分程度)
5人前後から成るグループごとのカードを用いたワークショップ(30〜40分程度)
グループ内での話し合いの要点をシェアする全体会(20分程度)
まとめとアンケート(10分程度)

 上記の研修プログラムで中心となるのは②のグループごとの活動です。表紙を含めて15枚から成るカードを自由に手に取り、感想を伝え合うところから始めます。カードの中から1枚を選んで(またはファシリテーターが指定をして)、そのカードに書かれている意訳を読み上げ、3つの質問に皆で答えることを通して主導原則のエッセンスを学んでいきます。研修では一般に「えんたくん」と呼ばれる丸型の段ボールを5人ほどの研修生が膝に乗せて話し合うことが多かったのですが、机の場合もありました。いずれにせよ複数枚のカードを広げて見るスペースが必要です。
 これで30分ほどかかりますが、時間のある場合は、2枚目のカードを選んで同様の学び合いの時間を持つこともできます。このほか、カードの使用についての解説はデジタル版からダウンロードできます(参考文献1.参照)。

研修の感想

 次に、カードを用いた研修に参加した教職員や地域の人々の実際の声を共有したいと思います。
 まず、ユネスコという国連機関の決議した勧告は難解に捉えられがちですが、抽象的なトピックも実は学校や地域の現場と関わっているということが実感できたり、研修が自身の悩みの解決の糸口となったりする効果がもたらされることがわかりました。(強調=下線は筆者)

「おそらく非常に難しい内容が英語で書かれているものをわかりやすく噛み砕いて訳して下さっていて、とても頭に入ってきやすかった。人間としてあたり前に持っているはずの道徳心を自分の言葉にして表すことは良い経験になると思いました。」(高校教員)

「ユネスコ教育勧告」は少し難しそうに感じてしまうかもしれませんが、14の課題のどれもが現場と直結する内容であると思いました。グループで選択したのは『コンヴィヴィアル』と『エシックス・オブ・テクノロジー』だったのですが、まさに常々どうしたらよいか?と考えてしまう事柄の上位を占める内容です。今日お話しできたことで困りごとの整理も少しできたのかな?と思います。」(街づくり協議会/地域活動家)

 たとえユネスコスクールに認定されていても、日々の生活の中で視野を世界に広げたり、世界的に課題となっている教育のフロンティアに意識を向けることは、忙しい生活の中では決して容易ではないでしょう。しかし、次に示すように2時間ほどの研修を設けることで、世界とつながり、視野が広がることもあるようです。

「本校がユネスコスクールに認定されていることは知っていたが、ここまで詳しく勧告文を読んだことがなかった。今日の教育において重要にすべき視点を改めて認識することができた。」(高校教員)

「私は以前、国際バカロレアの調査・研究に関わり、以来、一方通行な授業への疑問、知識のみを、しかも(単語で)問うテストへの懐疑を持ってきました。そうだよね、世界はその方向にやはり進んでいる、と思いました。」(高校教員)

世界に目を向ける機会を与えていただき、ありがとうございました。」(教育委員会職員)

 また、教員にとって多忙な日々の中でも取り組む実践が、主導原則のような抽象的なキーワードを通して改めて意義づけられることは、教員人生の中でも重要な体験となると言えるでしょう。カード型教材を用いた研修はそうした機会を提供する時間でもあったようです。

「新しい取り組みをしなければならないというより、私達が行っていることがユネスコスクールの取り組みにつながっており、それを深めていくことが世界平和や人権問題の改善にもつながっていくことを認識することができた。」(中学校教員)

「教育現場だけでなく、家庭教育にも活かせそうなテーマが多かったので、自分の子供達とも話してみたいです。私がなんとなくこうかな??と思っていた事が言語化されたようで嬉しかったです。」(中学校職員)

自分の選択はまちがっていなかったんだと思えたひとときでした。」(保護者)

 これらのほか、以下のように今後への期待や課題などについても述べられています。

「PTAでもやっていけたらいいなと思いました。」(PTA会長)

「子供向けのもの(小・中・高・大とそれぞれのレベルに合わせたもの)もあっても面白いと思いました。」(中学校職員)

「学校での成績評価、入試、テスト等があるために創り出す余裕・時間が現実的にないため理想と現実のギャップを感じた。」(学年等無記載)

「教育に関わるすべての人、枠組みが協力して変わっていくことが必要だと感じた。日本で言えば、中高の教育のゴールが『大学受験』になっていることで、理想とする教育と現実との差が激しいと感じる。そもそもの受験の仕組み・意識を、もしかしたら社会全体でどうにかしていかなければならないのではないか。」(ユネスコスクール教員、学年等無記載)

 以上の課題は、今後のさらなる可能性を拓くコメントとして受け止めているところです。これからは、「14の主導原則」のみならず、勧告の他の項目にも注目してその普及に努めていく必要があるでしょう。また、カード型教材は教員などの大人を学習者として想定してつくられた教材ですが、いくつかのアンケート回答に書かれていたのは、中高生、場合によっては小学生にも「ユネスコ教育勧告」を学んでほしいという声であり、子どもや若者を対象にした教材づくりも今後の課題と言えます。なお、このシリーズは、少し間を空けることになりますが、「その2」で紹介した「14の主導原則」の1つひとつについて解説をしていく予定です。その間、皆さんもカード型教材をダウンロードしたり、プリントしたりして、ぜひ試してみて下さい。

*1:ここで用いる邦訳は参考文献2.の暫定訳からのものである。
*2:一連の研修は、文部科学省による「令和6年度ユネスコ活動費補助金」による「『ユネスコ教育勧告』普及のための教材開発及び教員研修モデルの構築」事業の一環として実施された。