学び!と共生社会

学び!と共生社会

「生徒指導提要」(改訂版)と共生社会
2023.07.27
学び!と共生社会 <Vol.42>
「生徒指導提要」(改訂版)と共生社会
大内 進(おおうち・すすむ)

「生徒指導提要」について

 昨年の12月に文部科学省から「生徒指導提要」(改訂版)が公表されました。「生徒指導提要」については、文部科学省のWebサイトで以下のように示されています(*1)

 「生徒指導提要」とは、小学校段階から高等学校段階までの生徒指導の理論・考え方や実際の指導方法等について、時代の変化に即して網羅的にまとめ、生徒指導の実践に際し教職員間や学校間で共通理解を図り、組織的・体系的な取組を進めることができるよう、生徒指導に関する学校・教職員向けの基本書として作成したものです。

 そこで、今回は、「生徒指導提要」(改訂版)において、共生社会の形成に関連する内容がどのように扱われているか探ってみることにしました。

出典:文部科学省ホームページ
https://www.mext.go.jp/

 「生徒指導提要」の改訂については、教育新聞で以下のように解説されています(*2)

 生徒指導提要はかつて、「生徒指導の手引」と呼ばれていました。1965年に公刊されたのがその始まりです。その2年前に「青少年非行防止に関する学校と警察との連携の強化について」という通知文が出されるなど、生徒による非行が社会問題化していたことを受けて作成され、全国の中学や高校に配布されました。
 その後、1981年には校内暴力の深刻化や不登校の増加が進んだことから、中高生の現状や心理への理解を促す目的で改訂版が示されました。しかし、この手引の現場への影響力は弱く、生徒指導は依然として、各学校が慣例を踏襲する形で実施されていました。
 その後も子どもの問題行動が複雑化・多様化し、低年齢化も進んだことから、組織的で体系的な生徒指導の在り方を、国が基本書として示す必要性が指摘されるようになりました。そうして「生徒指導の手引」を全面改訂する形で作成されたのが、2021年に公表された「生徒指導提要」です。

 生徒指導上の課題は、平成22年以降もより一層深刻化している状況が続いています。学校・生徒指導を取り巻く環境についても、いじめ防止対策推進法等の関係法規の成立など大きく変化してきています。こうしたことを踏まえ、今日的な課題に対応していくために、生徒指導の基本的な考え方や取組の方向性等を再整理して改訂されたのが、今回の改訂版ということになります。
 今回の改訂版は、第Ⅰ部「生徒指導の基本的な進め方」と第Ⅱ部「個別の課題に対する生徒指導」で構成されています。
 改訂版では、「生徒指導」とは「社会の中で自分らしく生きることができる存在へと児童生徒が、自発的・主体的に成長や発達する過程を支える教育活動のこと」と定義し、「教え込む教育」からの脱却が図られています。
 そのため、第Ⅱ部「個別の課題に対する生徒指導」もより丁寧な記述になっています。具体的には、いじめ、暴力行為、少年非行、児童虐待、自殺、中途退学、不登校、インターネット・携帯電話に関わる問題、性に関する課題、多様な背景を持つ児童生徒への生徒指導などが扱われています。従来のいじめ、不登校、少年非行、児童虐待等の課題にとどまらず、LGBTQ、外国人児童生徒など共生社会の形成とも関連する新たな課題も重視されるようになってきていることが読み取れます。

「共生」に関する記述

 この欄で何度も紹介してきていますが、障害者の権利条約の理念でもある共生社会の形成については、「中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会」報告において、次のように記されています(*3)

 「共生社会」とは、これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会である。それは、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会である。このような社会を目指すことは、我が国において最も積極的に取り組むべき重要な課題である。

 ここに示されていることは、すべての学校教育の根幹をなすものだと筆者は理解しています。そこで、「生徒指導提要」(改訂版)ではどのように扱われているか確認してみました。「共生」に関する記載が4か所に認められました。共生社会の形成への言及が、日本では特別支援教育の側から用いられるようになりましたが、「障害の有無」ということにとどまるものではなく、「多様性を認め、他者を尊重し、互いを理解しようと努め、人権侵害をしない人」を育てるという観点から、これは、すべての学校教育で大切にされなければいけないことだといえます。その意味で、生徒指導を行う際の基本的な視点や方向性に「共生」が考慮されたことは大きな意義があると思われます。ちなみに、旧版の「生徒指導提要」も調べてみたのですが、「共生」に関する記述は認められませんでした。
 改訂版に記載されている部分を抜き出して以下に示します(太字は筆者)。

1(1.1.2 生徒指導の実践上の視点)
 これからの児童生徒は、少子高齢化社会の出現、災害や感染症等の不測の社会的危機との遭遇、高度情報化社会での知識の刷新やICT活用能力の習得、外国の人々を含め多様な他者との共生と協働等、予測困難な変化や急速に進行する多様化に対応していかなければなりません。

2(1.2.2 発達支持的生徒指導)
 発達支持的生徒指導では、日々の教職員の児童生徒への挨拶、声かけ、励まし、賞賛、対話、及び、授業や行事等を通した個と集団への働きかけが大切になります。例えば、自己理解力や自己効力感、コミュニケーション力、他者理解力、思いやり、共感性、人間関係形成力、協働性、目標達成力、課題解決力などを含む社会的資質・能力の育成や、自己の将来をデザインするキャリア教育など、教員だけではなくスクールカウンセラー(以下「SC」という。)等の協力も得ながら、共生社会の一員となるための市民性教育・人権教育等の推進などの日常的な教育活動を通して、全ての児童生徒の発達を支える働きかけを行います。このような働きかけを、学習指導と関連付けて行うことも重要です。意図的に、各教科、「特別の教科 道徳」(以下「道徳科」という。)、総合的な学習(探究)の時間、特別活動等と密接に関連させて取組を進める場合もあります。

3(2.5.2 特別活動の各活動・学校行事の目標と生徒指導)
 特別活動の目標は、学級・ホームルーム活動、児童会活動・生徒会活動(以下「児童会・生徒会活動」という。)、クラブ活動(小学校のみ)、学校行事の四つの内容を総括する全体目標として、以下のように示されています。
 特別活動における「自己(人間として)の(在り方)生き方についての考えを深める」とは、実際に児童生徒が実践的な活動や体験的な活動を通し、現在及び将来にわたって希望や目標をもって生きることや、多様な他者と共生しながら生きていくことなどについての考えを深め、集団や社会の形成者としての望ましい認識をもてるようにすることであり、その指導においては、キャリア教育の視点を重視することも求められます。

4(4.3.1 いじめ防止につながる発達支持的生徒指導)
 いじめに取り組む基本姿勢は、人権尊重の精神を貫いた教育活動を展開することです。したがって、児童生徒が人権意識を高め、共生的な社会の一員として市民性を身に付けるような働きかけを日常の教育活動を通して行うことが、いじめ防止につながる発達支持的生徒指導と考えることができます。

 児童生徒が「多様性を認め、人権侵害をしない人」へと育つためには、学校や学級が、人権が尊重され、安心して過ごせる場となることが必要です。こうした学校・学級の雰囲気を経験することによって、児童生徒の人権感覚や共生感覚は養われます。

「障害がある子ども」との関連

 障害者の権利に関する条約の批准を契機として、我が国の教育においても、「最終的には、条約の理念が目指す共生社会の形成に向けてインクルーシブ教育システムを構築していくことを目指」(*3)した取組が進められています。
 学習指導要領にも次のような記述が認められます。「我が国においては,『障害者の権利に関する条約』に掲げられている教育の理念の実現に向けて,障害のある児童の就学先決定の仕組みの改正なども踏まえ,通常の学級にも,障害のある児童のみならず,教育上特別の支援を必要とする児童が在籍している可能性があることを前提に,全ての教職員が特別支援教育の目的や意義について十分に理解することが不可欠である。」(*4)
 インクルーシブ教育システムの構築については、この概念が特別支援教育から発信されてきたということもあってか、障害や特別なニーズがある児童生徒の立場に主眼が置かれているのですが、「同じ場で共に学ぶことを追求する」という観点からは、すべての児童生徒にとっての意義も考慮される必要があるように思います。
 こうした視点から、「生徒指導提要」(改訂版)をながめてみると、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)に関する記述はありましたが(268ページ)、「障害がある子ども」との関連については、発達障害と精神障害のみで、その他の障害がある児童生徒についての具体的記述は認められませんでした。
 障害者の権利に関する条約では、多様な特性のある児童生徒が共に学んでいけるように学校の在り方を見直していくことを求めています。これを受けて、文部科学省の報告にも「共に学ぶことを進めることにより、生命尊重、思いやりや協力の態度などを育む道徳教育の充実が図られるとともに、同じ社会に生きる人間として、互いに正しく理解し、共に助け合い、支え合って生きていくことの大切さを学ぶなど、個人の価値を尊重する態度や自他の敬愛と協力を重んずる態度を養うことが期待できる」(*3)と記されています。
 多様な子どもたちが共に学ぶことは、障害のない児童生徒においても意義深いという側面があります。中・長期的な視野に立って、広い枠組みで障害のない生徒にとっても障害がある生徒とともに学ぶことの意義について、より丁寧に扱われるとよかったのではないかという感想を持ちました。
 なお、「生徒指導提要」は、小学校、中学校、高等学校だけでなく特別支援学校にも関わりのあるものですが、協力者会議の委員には、発達障害の専門家は含まれているものの特別支援教育関係の専門家は含まれていないようでした。

まとめ

 本稿では、「生徒指導提要」(改訂版)において、共生社会の形成に関することがどのように扱われているかを限定的に見てきました。
 改訂版は、従前の「生徒指導提要」をベースにしているのですが、多様な背景を持つ児童生徒の増加を踏まえ、「児童生徒が『多様性を認め、人権侵害をしない人』へと育つためには、学校や学級が、人権が尊重され、安心して過ごせる場となることが必要」であるということから、従前よりも多くのページを割いて具体的に示していることがわかりました。
 「全ての児童生徒にとって安全で安心な学校づくり・学級づくり」を目指すための留意点として次のような諸点も示されていました。

「多様性に配慮し、均質化のみに走らない」学校づくりを目指す
児童生徒の間で人間関係が固定されることなく、対等で自由な人間関係が築かれるようにする
「どうせ自分なんて」と思わない自己信頼感を育む
「困った、助けて」と言えるように適切な援助希求を促す

 また、今回の改訂版では、「ともに学ぶ」という観点からは物足りなさを感じる面もありましたが、「共生」に関する記述も入り、多様性(diversity)を認め、包摂(inclusion)を目指すという方向性も明確に示されていることも確認できました。
 「生徒指導においては,特別支援学校,通常の学校という場の違いに意味をおく実践は,もはや過去のものとなっている。むしろ,すべての学校における生徒指導に特別支援教育の知見が必要であり,また,逆に,これまで主として中・高等学校で取り組まれてきた生徒指導のノウハウを特別支援学校における生徒指導に活用する,新しい取組を開発するべき段階にきているといえる。」(*5)という指摘もあります。
 ドラスティックな変換は困難なことですが、この改訂版の内容を行政や学校現場がしっかり読み取り、日々の実践に反映していくことが期待されます。

*1:文部科学省「生徒指導提要(改訂版)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1404008_00001.htm
*2:教育新聞「改訂された生徒指導提要 そのポイントを分かりやすく解説」
https://www.kyobun.co.jp/glossary/student_guidance/g20230120_01/
*3:「中央教育審議会初等中等教育分科会特別支援教育の在り方に関する特別委員会」報告
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1325884.htm
*4:【総則編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説
https://www.mext.go.jp/content/20230308-mxt_kyoiku02-100002607_001.pdf
*5:阿部 正一・阿部美穂子(2014) 特別支援学校における生徒指導の実践動向と今日的課題.
富山大学人間発達科学研究実践総合センター紀要.教育実践研究,No.9,41-50
https://www.edu.u-toyama.ac.jp/cerp/bulletin/bulletin2014/04abe.pdf