旧学び!と美術

旧学び!と美術

幼い頃の小さな不思議体験
2009.12.08
旧学び!と美術 <Vol.32>
幼い頃の小さな不思議体験
美しいことを互いに伝え合いたいという気持ち
天形 健(あまがた・けん)
晩秋のすすきヶ原、その中の一本道です。(福島県南郷村)

晩秋のすすきヶ原、その中の一本道です。(福島県南郷村)

 小学校低学年の時、不思議な感覚の体験をしました。同じクラスの女子に呼ばれ、言われるままに校庭(バックネット?)のフェンスの金網に向き合って二人が立ちました。そして、フェンスの金網を挟むように二人の両手のひらを合わせました。その両手を密着させたまま、上下左右にゆっくり移動させると、何ともいえない感触が手のひらに生じたのです。「くすぐったい!」「ねっ!面白いでしょ。」と言いながら幾度かその感触を遊びました。近年の学校のフェンスは立派になりましたから、同様にはできないかもしれません。当時の金網には細い針金が使われていたため、そんな遊びができたのだと思います。
 またある時、別の男子に呼ばれ、校庭の植え込みの近くに行きました。「そこの土を掘ってみて!」と指差した場所を見ると、不自然に枯れ葉のない箇所がありました。その部分の土をそっと払いのけると、平らなガラス板が埋められていました。黒っぽい土の間からのぞく透明なガラスの下には、色とりどりの花びらやビー玉が詰め込まれていました。学校の片隅にとても美しい宝物を発見したような気分にさせられたのです。
 この二つの出来事はその不思議な印象とともに、面白いこと、美しいことを私に伝えようとしてくれた仲間の気持ちとして、長く記憶に留まっています。

ひとりぼっちでも絵をかくのか

 造形的な表現活動の道を選んだ私たちは、もし、自分が無人島に住むことになったら、「絵をかくだろうか」と一度は考えたことがあるはずです。美術が好きで選んだ道ではあっても、自分にとって表現することの意味や、社会的な価値付けは常に私の考え続けるところでした。
 少し古くなりますが、小松左京の「日本沈没」(発行:光文社 1973年)や「復活の日」(発行:角川書店 1964年)のラストシーンの後にも、残された人々は「これから何をしていくのか」を考えさせられると同時に、ヒトは何のためにかくのか、美術にどのような価値があるのかを考えた思い出があります。そして、その結論はいつも「自分のため」に落ち着いていたように思います。
 教職に就いて、子どもたちに絵をかかせたり、作品を作らせたりするにあたり、私には新たな意味づけの必要が生じました。特に美術が好きではない子どもたちにも表現する教育的価値の保証が必要となったからです。そして、そのことを問い続けることが私のライフワークとなりました。その思考の先では、表現者の自問という意味と、表すことが自己陶冶となる価値を認めながら、結局は学習評価という現実から切り離せずにいたように思うのです。
 浮かんだイメージや美しく感じた物をヒトが絵や作品にするのは、自らへの問いかけであり、素直に表したいと発意することが最も大切なことです。そして、表されたものが他者の眼と心に留まり、自らの感覚や感性が共感されることも表現の重要な目的です。その共鳴が時や場を経て、鑑賞者の反応として表現者に返されるとき、表現者の喜びは増大され、人間関係の豊かさをもたらすと考えられます。私たちは集団の中にいてこそ表すことの意味を大きく感じるのではないでしょうか。
 小学生がすでにその楽しさを私に見せてくれていたように思うのです。
 デザインや工芸作品に求められる用と美の「用」については、デザインの受容者を思いやった作者の意図が作品に包含されているものです。一方「美」についても、絵や彫刻の「主題」と近似して、作者の美意識やコンセプトが鑑賞者に伝わることは重要な表現の目的です。つまり、絵をかく目的に、自らが創出した美しさを鑑賞者に伝えようとする意図が含まれるのは、大人も子どもも同じではないでしょうか。そしてそのような気持ちが起こることが表現意欲の持続になると考えられます。

 私たちが表現活動に導入する場面や、作品評価をするときに、そのような視点で子どもたちと向き合っているでしょうか。子どもたちは昔も今も素朴に不思議なこと、美しいことを互いに伝え合いたいという気持ちを抱き続けているはずです。

導入事例 Case17

中学校1年『スケッチの楽しみ「足」』(2時間)
* 写実的な表現に苦手意識を抱いている生徒が多いので、彼らに自分の観る力のすばらしさを実感させ、表現に自信がもてるようにするための授業です。

◎主な材料

  • 黒ボールペン
  • ワークシート

◎導入の工夫

  • 自分の足に興味を抱かせるため、「動物の足クイズ」から導入しました。動物の足と生活環境の関係や指の本数などに注目させ、人間の足を改めて見つめようとする気持ちを高めました。
  • まず、足を見ないでワークシートにスケッチさせました。生徒は自分の記憶のあいまいさに気付き、観察しながら描きたいという欲求を抱いたようです。
  • 想像しながら描くときに困ったことや不明なことを、「観察してしっかり確かめたいメモ」として文章表現させてから、観察描写を始めるよう指導しました。
学び!と美術vol32_03 「足」-2.jpg 学び!と美術vol32_04学び!と美術vol32_04

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(B先生の実践から)