学び!とPBL

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OECD東北スクールが残したもの
2018.12.20
学び!とPBL <Vol.09>
OECD東北スクールが残したもの
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

 これまで述べてきたOECD東北スクールは教育改革を考える上でたくさんの材料を提供しています。それらを逐一述べると永遠に続くことになるのでひとまず区切りをつけましたが、今後も時々参照することになろうかと思います。今回は、生徒たちの成長についてエビデンスをもとに述べたいと思います。

1.OECD東北スクールの評価

図1 パリイベントを終えて記念撮影 まず、KPI(Key Performance Indicators:目標評価指標)に基づいてその変化を見てみましょう。
 ■好奇心:知らないことへの抵抗感・拒絶感がなくなった、新しいことに対する積極性が増した
 ■発想力:話し合いの中で新しい発想を生んだり気づくことができたりするようになった
 ■チームワーク力:県内外の広域にわたって、異学年、異世代で協働できるようになった
 ■マネジメント力:役割分担や計画をつくり、報告・連絡・相談やチェックする習慣が身に付いた
 ■問題解決力:粘り強く議論し、個人のみならず、チームとして問題を解決しようとする姿勢が身に付いた
 ■発信力:言葉や文集、ICTやグラフィックなどを多用し、国内外に向けて広く発信するようになった
 ■巻き込み力:学習会やイベントに誘ったり、PR活動を通して協力者を増やしたりするようになった
 ■地域力:何も感じなかった自分の地域にこだわりを持つようになり、地域の可能性を考えるようになった
 ■グローバル力:海外の来場者に積極的に接し、国外も地続きの地域と考えられるようになった
 もちろん、成長の姿には個人差があります。期待以上に成長した生徒もいれば、そうでない生徒もいます。重要なのは、そうした能力が個人の「所有物」として留まるのではなく、お互いに影響を与える「共有物」として機能したということです。実際、彼らの追跡調査で「誰に影響を受けたか」という質問をすると、挙げた名前の半分は大人ですが、残りの半分はチームの仲間です。能力を身に付けた者同士の交わりは「1+1=3」、すなわちシナジー効果を生み出します。

2.プロジェクトで伸びる力、プロジェクト後に伸びる力

図2 東北スクールKPIのレーダーチャート 約半年ごとの自己評価を集計したものが図2のレーダーチャートです。絵に描いたように波紋が広がっていますが、よく見ると「発想力」や「チームワーク力」が初期から伸びているのに対し、「グローバル力」の伸びがよくないなど、経験した内容によって伸びる力も異なることがよくわかります。
図3 スクール後に伸びたと感じる力 全体を通して「グローバル力」や「マネジメント力」が課題として残った、と自己総括しています。しかし興味深いことに、追跡調査で明らかとなったのは、これらの力はプロジェクトが終わった後で急に伸びているという点です。考えてみれば、プロジェクト学習は期間内に力を伸ばすことが基本かもしれませんが、同時にこのプロジェクトを通して自分にとって何が課題かを発見する学習でもあります。長いスパンで見れば、この期に課題意識をどれだけリアルに刻み込めたかという点の方が、若い学習者にとっては重要です。

3.異質との接触──「化学反応」

図4 自分の成長につながったと感じる学習方法

 OECD東北スクールは図4のようにきわめて多様な学習方法を準備しており、それらがどれだけ有効だったか、有効でなかったかを調査しています。
 図4は「成長につながった学習方法」をまとめたグラフです。下の方は有効でなかったというよりも、有効に働いたのは特定の生徒に限られていたということです。一方、多くの生徒たちが挙げていたのは「他地域の生徒との交流」「地域の将来・未来に対する議論・活動」「異学年の生徒との交流」「地域コミュニティとの交流」などとなっており、これらに共通するのは、一般的な学校が苦手としている学習方法という点です。さらに述べるなら、学年や学校の壁を越えて他地域、異世代、学校外と接触するということです。これらを学校が嫌うのは、混乱を招く恐れがあるからでしょう。しかし、異文化との接触には大なり小なり混乱がつきまといます。混乱のない異文化接触はありません。
 多くの学校は、混乱を避け安定した学習を保障するために、時間や空間、人を区切り、カリキュラムをつくります。これに反して、当の生徒は、人が入り交じり、時間や空間が混濁した中でこそ、今日必要とされる力(コンピテンシー)を身に付ける、ということになります。私たちはこうした異質との接触による学びを「化学反応」と呼んでいました。

4.地域間の伸びのズレ

図5 二つの地域のKPIレーダーチャート OECD東北スクールには9つの地域チームが参加しましたが、その指導形態や生徒の選出プロセスはまちまちでした。生徒の成長の様子も地域ごとに異なりました。図5の二つのレーダーチャートは、いずれも教育委員会主導で、地域の中学校の生徒会役員を中心につくられたチームの力の伸びを示したものです。もちろん元々の能力差や主観による誤差は少なくないと思いますが、それでも二つの伸びのズレには有意なものが認められます。Aチームの教師は生徒たちを積極的に外に出し、様々な活動をさせたのに対し、Bチームの教師は生徒たちの安全を重視し生徒を地域外に派遣することは最小限に留めました。またAチームの教師は結果的に3年間一貫して生徒をサポートしましたが、Bチームの教師は事情により毎年教師を変えざるを得ませんでした。これらの環境が、どのようなメカニズムで生徒たちに影響を与えたのかは、さらに考察を加える必要がありますが、指導者側の積極性や指導の継続性が生徒の力の獲得と無関係ということはできないでしょう。

5.コンピテンシーに留まらない人格形成

図6 イベントの後片付けに勤しむ生徒たち 生徒たちはいずれも、この2年半の間に学校教員のみならず、企業の最先端で働く人たちやNPOに情熱を傾ける人々と出会い、これが自分の進路を見つけるロールモデルとなりました。少なくない生徒たちが海外に留学し、進路を変更して大学に進学し、将来の夢をかなえるためにNPOを立ち上げるなどしています。まさにOECD東北スクールは彼らの人生を変えたのです。
 彼らは人生の「成長期」と東北の「復興期」を重ねて生きた希有な存在です。その重なりが彼らの反省性を深め、レジリエンス(復元力)を高めています。また、そのことがノブレスオブリージュ(高貴なる者の責任)を理解し、プライドを守り通す彼らの人間的な魅力として醸し出されています。