学び!とPBL

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東北スクールとレッジョ・エミリア・アプローチ②
2019.04.22
学び!とPBL <Vol.13>
東北スクールとレッジョ・エミリア・アプローチ②
三浦 浩喜(みうら・ひろき)

1.プロジェクトカリキュラム

図1 群衆のプロジェクトの作品 レッジョ・エミリア・アプローチで特徴的な点を挙げるとすれば、プロジェクト型のカリキュラムを採っている点を挙げるべきでしょう。本連載で同市の教育を紹介する理由もここにあります。
 レッジョ・エミリア市の幼児教育カリキュラムは、わが国の多くの幼稚園や保育園のそれのように時間で区切られたバラバラの活動の羅列ではありません。一つの活動は次の活動のためのきっかけとなり、次の活動もまたさらなる活動へ発展させるための材料を提供することになるのです。これをレッジョ・エミリア市では「プロジェクト」と呼んでいます。一般に、プロジェクト学習は最初にゴールを設定しますが、ここでは子どもたちの関心に基づく活動の積み重ねによって構成されており、小学校低学年の生活科などに応用することができると思います。
図2 「シアターカーテン」を前に(2014年) 鏡に映した「自画像」の描写から「目」の表現、「口」の表現を通して「声」という抽象的な造形表現に発展させる「表情のプロジェクト」、市庁舎の前に立つ古いライオンの石像との出会いとふれあいからイメージを醸成して驚くほどの表現力を発露させる「ライオンのポートレート」、粘土で通りを歩く人物を表現しながら社会の多様性に気づく「群衆のプロジェクト」、オペラハウスに刺激を受け自分たちの手でシアターカーテン(緞帳)を制作する「シアターカーテン」、小鳥が遊ぶ遊園地をデザインし実際に池などをつくる大がかりなプロジェクト「小鳥の遊園地」、子どもたちの素朴な疑問を社会認識に結びつける「権利」、子どもたちの数認識の秘密に迫る「数字」、などのプロジェクトが知られています。

2.子どもと大人の協同性

 これらのプロジェクトは数名のものから10人以上によるものまで様々で、期間もまた数日のものから数年にわたるものまで多様です。プロジェクトは子どもたちの話し合いや遊びから始まります。「やりたい中身」を決めグループをつくるために、子どもたちは民主的な話し合いの方法を心得ています。グループごとのプロジェクトには教師が張り付き、子どもたちとおしゃべりをしながらアイディアを提案したり、考えさせたりしています。「シアターカーテン」や「小鳥の遊園地」などは、実際に大人の手によって本格的に設置され、社会の中にしっかりと位置づけられます。ここには子どもも大人と同じ市民として尊重されていることがシンボリックに現れています。
図3 市のシンボルのライオンの像 元東京大学の佐藤学氏は講演(2011年)の中で「一般にレッジョ・エミリア市の幼児教育はすべて子どもたちが自主的にやっているように受け止められがちであるがそれは誤りで、一連の教育活動は教師主導の結果である。子どもに丸投げしているのではなく、教師の洞察と創造性によって大きな学びを構成することに成功している。」といった趣旨の発言をしています。レッジョ・エミリア市の幼児教育は他によく見られる「子ども中心主義」ではありません。「子どもが主人公なら教師も主人公、親も主人公」というように、子どもを社会の中心に置きつつ大人が積極的に教育に参加することを理想としています。
 レッジョ・エミリア市の幼児学校の教師は「朝、ポケットにいっぱいアイディアを詰め込んで家を出る」と言われており、子どもたちの活動や思考を刺激する「道具」や「場」の設定を積極的に提案するのです。

3.ペダゴジスタとドキュメンテーション

 前回説明したアトリエリスタと並んで重要なのは「ペダゴジスタ」の存在です。レッジョ・エミリア市には11人のペダゴジスタがいて、一人あたり3~4校の学校を担当して、それぞれの幼児学校に対して教育内容や方法のアドバイスがなされます。ペダゴジスタの位置づけは日本の「指導主事」に似ていますが、その知識やスタンスは教育学者に近く、特定の教育政策にとらわれることなく自由に発言することができ、現場教師と一緒に考えてカリキュラムをつくっていきます。ちなみに幼児学校には校長先生はいません。
図4 駅の地下道には子どもたちの作品が ペダゴジスタのスタンスは、前回説明したローリス・マラグッツィの姿勢が大きく影響していると推測されます。マラグッツィは多様な教育理論を学びましたが、日々発生する現場の教育実践にもとづいて教育理念を築いたのが最大の特徴です。当時の幼児学校の教師のほとんどが高卒でしたが、彼ら彼女らとともに教育を考え、子どもたちの変化を克明に分析しながら、使えるものは何でも使い、タブーを恐れず、教育方法を展開しました。例えば、日本では子どもに観察に基づいて絵を描かせることは想像力を抑え込むとして問題視されますが、レッジョ・エミリア・アプローチでは躊躇なく描かせます。
 さらに教師たちは子どもが帰った後に、その日一日の子どもたちの活動記録を持ち寄って子どもたちの変化を分析し、翌日の指導方針をつくるということを毎日行います。この活動は今日教師教育でもっとも重視されている「振り返りreflection」のスタンダードモデルとして有名です。
 放課後教師たちが持ち寄る活動記録は「ドキュメンテーション」と呼ばれ、展覧会などでもよく展示されています。

4.環境

 レッジョ・エミリア・アプローチにおいて、「環境は第二の教師」と言われるほど重要な働きをすると考えられています。幼児学校の中はどこも子どもたちの感性を刺激する複雑な形をした枝や巨大な三枚の合わせ鏡、様々な植物、人工物などが環境の中に組み込まれておいて、教室はアトリエと呼ばれています。いずれの教室も、マラグッツィやペタゴジスタらの経験をもとに、子どもが円を描くような動きができるよう心がけて各教室を設計していると言われています。透明感があふれ、壁で仕切られていない、光の入り方なども考えられた明るい教室と、光の実験を可能とする暗室などがレイアウトされています。
 EUの視察団に交じって私たちが訪問した幼児学校では、教室の並びに厨房も配置され、発達障がいのある幼児の重要な教育環境となっています。シアターカーテンのような透明なシートに描かれた壁画はあちらこちらに見られました。区画ごとに材料庫や描画材料などの棚が配置されており、子どもたちは何か道具がほしいときにいつでも手が届くようになっています。その種類は驚くほど豊富で、これらの材料は1996年にオープンした「Remida」というリサイクルセンターで、様々に分別されたものの中から、幼児の創造力をかりたてるようなものを選別し、日常的に供給されているそうです。
 幼児学校の建築はレッジョ・エミリア・アプローチと車の両輪をなしていると言えるほど密接に関連づけられており、日本を含め、ヨーロッパの各国や米国などの多くの地域でこの方式が採られています。