『裁判員体験記』 小社の社会科編集部員が模擬裁判に参加!!

 2009年5月21日からスタートする裁判員制度。
 その準備段階である今日、10月28、29日の二日間、東京地方裁判所で行われた「模擬裁判」の裁判員役に選ばれ、参加することになった。

 この二日間で行う裁判員裁判の流れは、人定質問→証拠調べ(検察・弁護人の冒頭陳述、証人尋問等)→弁論手続き(検察の論告・求刑、弁護人の弁論)→判決宣告 となる。
 裁判は公開されているものの、裁判員の安全保護(プライバシー保護)、公正を確保するためという理由で、評議は非公開とされ、評議で誰がどのような発言をしたかなどは秘密である。
 しかし今回は、架空の国の架空の人物が起こした、架空の事件ということで、ズバっと報告したいと思う。

第一日目
「法令に従い公平誠実に職務を行うことを誓います」

 朝9:30に集合し、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」の第39条に基づいて、「法令に従い公平誠実に職務を行うことを誓います」という裁判員の宣誓から緊張の二日間が始まった。

中央3人が裁判官。左右3人ずつ(計6人)が裁判員。

 男女3名ずつ計6名の裁判員。被告人が有罪か無罪か、有罪ならその刑をどうするかを、私たち裁判員6名と裁判官3名の計9名で決定する。裁判官から、「この9人の意見は、一人一票で平等の重みがあります。それぞれの観点で証拠や証言を吟味し判決を決めます。」と説明を受け、その重みが人の人生を左右しかねない恐怖感にずっしりと加わった。また、検察官が示すものが証拠であり、新聞やテレビで見たことは証拠にはならない。提出された証拠に基づいて判断しなければならない。常識に従って、疑問があるときは無罪になる。量刑について意見がわれた場合は、被告人に有利になる。などと説明が加えられた。
 いよいよ事件の内容に入る。担当する事件の起訴状の説明がなされた。事件は、強制わいせつ致傷。被害者が抵抗したため未遂に終わるが、受けた心の傷は大きい。被告人はα(アルファ)国から日本に働きに来ている外国人で、まじめな性格で会社の上司からの信頼はあつい。被告人は公訴事実を認めており、反省の態度も見られる。よって、この裁判の争点は量刑を決めることにある。
 裁判官がこの裁判の争点を明言してくれていることで、この後の裁判に対してのイメージが少しできたと思う。

緊張と使命感で背筋が伸びた。

 いよいよ法廷に入る。3名の裁判官を中心として、6名の裁判員が両脇に着席すると緊張と使命感で背筋が伸びた。 検察官の冒頭陳述では、公訴事実に基づいて、犯行態様や被害結果、被害者の処罰感情について示された。続いて、弁護人からは、公訴事実を認めつつも、被告人のまじめな人柄や反省の態度を示していること、示談金の支払いやα国に帰国するという約束を交わしていることなど、すでに制裁を受けていることが強調された。その上で、この裁判では、執行猶予をつけるかどうかを審議してほしいと主張がされた。
 午後からは、証人尋問である。会社の上司の証言、被告人の婚約者の証言があった。いずれも、被告人のまじめな人柄と反省していることが強調された。その後に、被告人質問である。私たち裁判員が法廷で被告人や証人にそれぞれの観点で直接質問することができる。被告人の交友関係はどうであるか?休日はどのように過ごしているのか?ストーカー行為はなかったのか?二度と日本には来ないという被害者との約束は守れるのか?母国でどのように生活するのか?酔って記憶がないのは本当か?など様々である。

 このような流れで、一日目が過ぎた。慣れないことでもあるし、何よりも人の人生を左右する決断を出すことを考えると、終始緊張した一日であった。
 明日は、いよいよ評議をして、判決をする。現段階では、どのように判断してよいか迷うばかりで、裁判の内容が頭から離れなかった。

その頃、会社では…?

 一方、会社では、私が担当していた単行本「中学社会をよりよく理解する。」(11月完成)が佳境のときであったにもかかわらず、上司に印刷所との打合せや校正をお願いすることになってしまった。まる二日間休むことになった。裁判所からの連絡がきた二ヶ月前は、このような状況になっているとは予測できず、業務との両立では、周囲の人間関係も大切である。(お蔭様で無事に完成した。買ってください。)

第二日目
二日目のスタートは…?

 二日目は、いよいよ評議をして判決を決める。昨夜は、私も含め他の裁判員も、食事をしてもテレビを見ても裁判の内容が頭から離れることなく、頭が冴えてしまってよく眠れなかったと言っていた。60歳を超えていると思われる男性裁判員は、疲れた表情を見せていた。疲れがたまると、よく足をつるというその裁判員は、さっそく朝の打合せ時に足をつっていた。
 法廷では、検察官からの論告・求刑と弁護人の弁論が行われた。それぞれの主張が分かりやすく整理されたメモが配布された。最後に、被告人の最終陳述があった。これらを参考にしながら、別室での評議になる。

裁判官が裁判員の意見に目からうろこ

 評議室では、執行猶予をつけるかどうかが争点になった。最初のそれぞれの意見は、裁判官3名と裁判員3名が執行猶予をつけるほうに挙手。他の裁判員3人が実刑に挙手。その理由についても述べた。ある裁判員の「帰国することが被害者との約束になっているが、日本にいて執行猶予中に再犯をすれば今回の刑と合わせて刑務所に入らなければならないが、α国に帰国していれば執行されないことになる。なので、彼に執行猶予をつければ、無罪と同じことになってしまう。」という一言で、裁判官1名は「気がつかない視点であり、説得力がある」と驚きの表情を見せ、実刑に意見を変えた。
机の上のモニターと壁掛けの大きなモニターに証拠資料等が映し出される。 その他、「帰国を約束したり、被害者に全財産(100万円)を示談金(慰謝料・治療費)として渡していたりと十分に罰を受けている」「自分の国に帰ることが彼にとって罰になるのか?」「まじめな性格であることや酒に酔っていたことは犯罪と関係ない」「十分反省の態度も見られるし、まだ若いのでやり直しのチャンスを与えたい」など意見を交換した。
 評議が飽和になりつつあったときに、裁判官から新たな資料としてこれまでの量刑の分布資料が配布された。それによると、これまでの同じような事件では、『実刑:執行猶予=1:2程度』のようであった。また、懲役も3年以下が相当数であった。これまで話していた裁判員の感覚もこの資料に近いところもあり、全員が少しほっとした。

裁判員を体験して“公正”について考える

 約3時間の議論をして、評決の結果は「懲役3年 執行猶予4年」と決定。そこから判決宣告のために、裁判官が判決文を作成した後、判決が宣告された。
 本来であればここで裁判員の御役御免となるが、今回は日程の最終項目として、意見交換会があった。評議時間が短いのではないか、資料は見やすくできていたか、検察官・弁護人のプレゼンテーションは分かりやすいか等、様々な意見があった。
 全員一致で、判決を下したわけだが、本当に公平誠実に判断したのか、再犯をしないか、被害者の処罰感情に合うかなど、それぞれの裁判員に霧の中にいるような感覚が残った。正しいかどうかは誰にも分からない。しかし、確かに言えることは、すべての裁判員と裁判官が公平誠実に物事を見ようとし、公正に判決を下すようにと努めた。 一緒に昼食をとったある裁判員が「事件のテレビ報道だけを見ていて、この犯人には量刑が軽い・重い!など勝手なことを言ってはダメだなぁ。両方の話を聞いて、公正に判断しないと。今までは軽はずみなことを言っていた気がするな。」と疲れた表情で述べた。とても、2時間ドラマのサスペンスを見ている視聴者というわけにはいかないものである。
次はあなたがこの椅子に座る!?…かもしれない。 裁判員制度の導入は、裁判の迅速化や国民の感覚を裁判に反映することが大きな目的である。しかしそれだけではなく、裁判員になる私たちの法やメディアへの意識の向上や変革によって、よりよい社会づくりの一役を担うことではないだろうか。
 架空の被告人と被害者による架空の事件ではあったが、私の人生で忘れられない事件になるであろう。

「裁判員制度」の内容については、 詳しいWebサイトがありますので、リンクからご覧ください。