学び!とESD

学び!とESD

「持続可能な開発」を問い直す ~開発教育の反省から
2026.02.16
学び!とESD <Vol.74>
「持続可能な開発」を問い直す ~開発教育の反省から
上村 明英(永田研究室大学院生)

 これまでESDの課題について回を重ねて扱ってきましたが、今回はやや根幹的な課題にアプローチしてみたいと思います。つまり、ESDのD(開発)に関する課題です。言うまでもなく、ESDの正式名称は「持続可能な開発のための教育(Education for Sustainable Development)」ですが、そもそも「持続可能な開発」とは何でしょうか。皆さんは、どのように説明しますか?

「持続可能な開発」の定義

 国際的に広く認められている説明は、国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会」(通称:ブルントラント委員会)が1987年に公表した報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」で示された次の定義です。

“Sustainable development is development that meets the needs of the present without compromising the ability of future generations to meet their own needs.”
「将来の世代の欲求を満たしつつ,現在の世代の欲求も満足させるような開発」(外務省訳)

 これまでのように欲求や発展のみを追い求めていては、いつか破綻が来る。世代を超えた視野をもとう、という呼びかけでした。言い換えれば、「持続可能な開発」という概念は、「右肩上がりの開発」を当然視してきた私たちの認識を問い直しているともいえるでしょう。
 しかし現在でも、「開発」や「発展」は、より高みを目指すものだというイメージが一般的ではないでしょうか。このような開発観を前提とした「持続可能な開発」は、市場主義や人類中心主義を維持していても環境保全が可能であるかのような幻想を生み出してしまう、という指摘もあります。
 では、「右肩上がりの開発」とは異なる開発観には、どのようなものがあるのでしょうか。

開発教育の反省と「開発」の多様な捉え方

 ESDでは環境・経済・社会の3つの要素の学びが求められています(*1)。そのうち社会的な問題として「開発」に正面から向き合ってきた教育に、開発教育があります。開発教育は、「私たちひとりひとりが、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる公正で持続可能な地球社会づくりに参加することをねらいとした教育活動」で、主に英国をはじめとする欧州で展開され、日本でも参加型教材や実践が数多く蓄積されてきました(*2)。この開発教育において、「開発」という概念は批判的に問い直され、多様な観点からの開発観が提示されてきました。

 1960年代、英国などの欧州諸国は、かつて植民地として支配していた地域の「開発」や経済成長を支援する取り組みを進めました。当時の開発教育には、そうした活動への世論からの支持を得るために、「開発途上国」の現状を伝えて人々の意識を高めたいという政府や関係機関の意図が反映されていました。
 このような開発教育と「開発」の捉え方は、その後厳しく批判されます。ポストコロニアリズムの立場からは、欧州諸国の上昇志向的な開発観を基盤とした、一方的な「開発支援」に異議が唱えられました。「開発途上国」の人々は、無力で援助を待つ存在ではない。「貧しい人々を助ける」という、ある種の優越感を伴った視点そのものが、格差を再生産している――そのような鋭い指摘がなされたのです。
 こうした反省を踏まえ、批判的視点や、グローバル・サウスと呼ばれる地域からの視点など、さまざまな立場や声を大切にした開発教育が発展していきました。それに伴い、「開発」という概念も、多角的に検討されるようになります。

 例えば、「開発」を多様な視点から捉え直す教材として、「Learning to Read the World Through Other Eyes」(*3)があります。この教材では、直線的・上昇志向的な「はしご型」の開発観と、循環を重視する「エコロジー型」の開発観を対比しながら、複数の視点が提示されています。さらに次のような学習の流れを通して、学習者自身の「開発観」を批判的に省察する工夫がなされています。

  1. 自分なりの「開発」の定義を文章化して振り返る
  2. 「開発」に対する一般的な捉え方を振り返る
  3. それとは異なる論理や考え方を知る
  4. 「開発」に対する多様な意見を読み、考察する
  5. 具体的な開発問題の事例と、さまざまな立場の意見を知り、考察する

 「開発」のように曖昧で、価値判断を伴う言葉については、常に批判的に内容を吟味していく姿勢が求められるでしょう。当たり前のように「よい」と思っていることも、別の角度から見ると異なる側面が浮かび上がってくるかもしれません。

「持続可能な開発」を問い直す

 「学び!とESD」<Vol.08>で紹介したように、「開発」や「持続可能な開発」について問い続けることは、ESDでも重要であると論じられています。ESDが目指す「持続可能な開発」とは何でしょうか。ブルントラント委員会の定義に立ち返るならば、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」とは、何を意味するのでしょうか。

 戦後復興と高度経済成長期からの「開発」によってもたらされた豊かな生活を私たちは享受してきました。同時に、その過程で生み出された環境問題も受け継いでいます。今求められているのは、破綻ではなく再生へと舵を切り、次の世代へ引き継ぐことでしょう。現代を生きる私たちは、次の世代である子どもたちや若者とともに、改めて「開発」の意味を問い直す必要があるのかもしれません。

【参考文献】

  • 外務省(2015)『地球環境―持続可能な開発(Sustainable Development)』
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/sogo/kaihatsu.html(2026年1月26日閲覧)
  • 永田佳之(2020)「ESD for 2030’を読み解く:「持続可能な開発のための教育」の真髄とは」『ESD研究』第3号、5-17頁
  • 永田佳之(2024)「教育の人類中心主義を問い直す:再想像力ではぐくむ惑星意識(第2章)」吉田敦彦、河野桃子、孫美幸編著『教育とケアへのホリスティック・アプローチ』勁草書房、31-46頁
  • 文部科学省国際統括官付日本ユネスコ国内委員会(2021)「持続可能な開発のための教育(ESD)推進の手引」
    https://www.mext.go.jp/content/20210528-mxt_koktou01-100014715_1.pdf(2026年1月26日閲覧)
  • ダグラス・ボーン著、湯本浩之、奈良崎文乃訳 (2025)『開発教育の理論と実践:グローバル社会正義のための教育学』せせらぎ出版
  • United Nations (1978) Our Common Future: Report of the World Commission on Environment and Development.
    https://www.brundtland.co.za/other-publication/brundtland-report-1987-our-common-future/(2026年1月26日閲覧)

図1 出典:文部科学省国際統括官付日本ユネスコ国内委員会「持続可能な開発のための教育(ESD)推進の手引」 *1:日本ユネスコ国内委員会作成の「持続可能な開発のための教育(ESD)推進の手引」にも、ESDの基本的な考え方として、「環境、経済、社会の統合的な発展」と題した図があります(図1)。この考え方は、前述の「Our Common Future」で提唱されたものです。学び!とESD <Vol.55><Vol.56><Vol.64>も併せてご参照ください。
*2:開発教育協会のウェブサイトから、日本の開発教育に関する情報を得ることができます。
https://www.dear.or.jp/org/2056/(2026年1月26日閲覧)
*3:Andreotti, V. and Souza, M. (2007) “Learning to read the world Through Other Eyes”
以下のウェブサイトよりダウンロードできます。また、このウェブサイトではその他複数の教材が紹介されています(英文)。
https://decolonialfutures.net/toe/(2026年1月26日閲覧)