学び!とESD

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ESDと気候変動教育(その18) 包括的な気候変動教育へ
2024.08.19
学び!とESD <Vol.56>
ESDと気候変動教育(その18) 包括的な気候変動教育へ
上村 明英(永田研究室大学院生)

 昨年11月に採択された「ユネスコ教育勧告」(「学び!とESD」Vol.50 & Vol.51参照)には、気候変動教育は「気候危機の影響を理解し、対処し、気候正義を促進し、学習者が変革の主体として行動するために必要な知識、スキル、価値観、態度を身につけるために、カリキュラムに組み込まれ、教科の枠を超えて行われる。」と明記されています。前回は、この気候変動教育の方法を示した『カリキュラムのグリーン化ガイド』(*1)の概要を紹介しました。今回も引き続き、このガイドで説明されている気候変動教育を進めていくためのポイントについて解説します。

気候変動教育の包括的なアプローチの全体像

 182ページにわたるガイドですが、ポイントは以下の図に端的に示されています。まず注目すべきは、「環境的領域」のみならず「社会的領域」と「経済的領域」の必要性も強調されている点です。日本では、この3つの領域がバランスよくカリキュラムに取り込まれているでしょうか。環境省がまとめた「学びの地図」(*2)を見ると、「生命・自然」「経済・産業」と比較して「社会・文化」の学習内容や実践が少ないことがわかります。
 『カリキュラムのグリーン化ガイド』の「社会領域」を見てみると、その重要概念として「気候倫理」と「レジリエンス構築」が挙げられています。特に「気候倫理」は日本ではあまりなじみのない学習項目ではないでしょうか。
 「気候倫理」とは、気候危機の根底にある社会的、政治的、経済的原因について学び、社会的に弱い立場にある人々は特に気候危機によるリスクが高いという状況をつくり出している構造的な抑圧や差別をどう変えていくか、という課題に取り組むことです。国内を見ても、気候危機による農作物の不作や不漁で第一次産業が打撃を受け、それに伴う物価高騰は特に貧困層の人々へ大きな影響を与えています。このような気候危機における不平等は世界規模で起きていますが、この問題について教える機会はあまり持たれていないのが現状でしょう。

図1 気候変動教育の包括的なアプローチ
出典:UNESCO (2024) Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action. p.43. 訳:筆者.

社会情動的な学びの必要性

 図の中でも認知的、社会情動的、行動的という3つの学習効果が横断的に書かれていますが、特に「気候倫理」といった課題を扱う場合は、社会情動的な学び(SEL)がカギになります。上述のような気候変動における不平等について、知らなければ改善に向かうことはなく、知識は不可欠です。しかし行動変容につなげるには、様々な立場の人々(さらには他の生物や自然など)(*3)への想像力も求められます。ある研究者は、「人や自然の搾取により建てられた『近代化の家』で守られている特権階級の人々は、家の外にいる周辺化されている人々よりも気候変動を実感しにくく、影響も受けにくい」と例えて説明しています(*4)。『近代化で建てられた家』の外の出来事も自分事として共感するために、社会情動的な学びを促す教育活動が大きな意味を持ちます。これまで紹介してきたSEL実践(「学び!とESD」Vol.04Vol.42Vol.43Vol.44Vol.45)もぜひ参考にしてみてください。

現在の実践を、未来志向に

 「社会的領域」や社会情動的な学びの重要性はわかっても、新たな学習内容を追加する余裕はない、というのが本音かもしれません。確かに簡単なことではありませんが、このガイドの一番初めに記載されている「まとめ」には、このように書かれています。

このガイドは、今実施されている実践を見直し、より活動重視で、包括的で、科学的に正しく、社会的正義を原動力とした、生涯を通した継続的なものにしていくことを目的としている。

 まったく新しいことを始めるのではなく、現在の実践の中で「気候倫理」や「レジリエンス構築」について考えてみる、詩や絵といった感性を大切にした活動を取り入れてみるなど、少しの工夫からカリキュラムのグリーン化は始まります。それにより、「気候変動の原因と必要なアクション」といった教訓的な気候変動教育から、より深みのある内発的な学びに発展させることができるのではないでしょうか。

*1:『カリキュラムのグリーン化ガイド』(英文)
UNESCO. (2024). Greening curriculum guidance: Teaching and learning for climate action.
https://www.unesco.org/en/articles/greening-curriculum-guidance-teaching-and-learning-climate-action
*2:環境省「学びの地図」 環境教育の実践例を、発達段階や単元ごとに紹介しています。
http://eco.env.go.jp/lib/env/cn_education/manabi_no_chizu.html
*3:人間と人間ならざるもの(ノンヒューマン)たちとの関係性は、ESDにおいて近年新たな課題として注目されています。「学び!とESD」Vol.49Vol.52Vol.53をご参照ください。
*4:Stein, S., Andreotti, V., Suša, R., Ahenakew, C. & Čajková, T. (2024). From “education for sustainable development” to “education for the end of the world as we know it” in H. Pedersen, S. Windsor, B. Knutsson, D. Sanders, A. Wals, & O. Frank (Eds.), Education for sustainable development in the ‘capitalocene’ Routledge.