学び!と美術

学び!と美術

鉄道と美術教育 その2
2019.10.10
学び!と美術 <Vol.86>
鉄道と美術教育 その2
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 前回、新幹線の「0系」を「子ども」に置き換えて、学びについて考えてみました。子どもの学びはシステムとして成立しているので、システムを構築する資源とその全体に目を向けることが学習改善に有効だろうという話でした。
 今回、もうちょっと話を進めてみましょう。ポイントは、システムと個人は同時に発達するということです。

1.発達するシステム

 新幹線に歴史という軸をあててみましょう。
 戦前、「弾丸列車」という新幹線計画がありました。時速150km~200kmの高速列車(※1)で、東京~下関間をつなぐのです。東京~大阪間を4時間半で走る予定でした。トンネル建設や用地買収などが進みましたが、戦局の悪化で計画は挫折します。
 戦後、東海道線の輸送量は著しく増大し、新幹線の計画が再び持ち上がります。1964年に開業した新幹線は、東京~新大阪を3時間10 分(※2)、最高速度220km/hで結ぶことに成功します。戦前の「弾丸列車計画」で買収されていた横浜~小田原間の土地や日本坂トンネル、線路の設計や駅の位置なども活用されました。
 現在、新幹線は九州から北海道までつながっています。最高速度は東北新幹線の宇都宮~盛岡間320km/h、東京~新大阪の所要時間は2時間30分です。今建設中の「リニア中央新幹線」にいたっては、最高速度500km/h、東京~大阪間を最短1時間7分程度で移動できるようになるそうです。
 歴史という視点を重ねると、新幹線は常に変化するシステムであることが分かります。車両の速度だけとっても時速200km、320km、500kmと更新を続けています。同時に、線路や運行のプログラム、チケット購入方法なども、時代とともに新しい形へと生まれ変わっています。鉄道というシステムは常に発達し続けているのです。

2.個人とシステム

 個人の能力と鉄道のシステムを関連付けてみましょう。
 例えば、私の孫は、ドアの閉まる音で電車の新型と旧型を見分けます。最も使う東急電鉄の新型車両は「ドアが開く音が違う」というのです。よく聞くと、確かに、ドア開閉時のチャイム音が新型と旧型で異なっていました。
 調べてみると、東急の新型のチャイム音はJR山手線と同じでした。東急とJR山手線の新型車両は、形は全く違うのに、中身はほとんど同じ電車だったのです(※3)。背景には、東急の車両をつくっていた会社が事業を継続するためにJR東日本の子会社になったことがあります。部品等の共通化のため、チャイム音が同じということが起きていたのです。
 すると、孫の「電車を音の違いで見分ける能力」と「それを見つける大人の姿」は、鉄道事業の変化によって成立したといえるかもしれません。
 列車の絵で知られる作家の本岡さんの場合はどうでしょうか(※4)。彼は列車の正面顔だけを追求して表現します。列車は、正面から表すと鼻の長さなどがつかめません。そのため、ただ似たような列車を並べているだけのように見えます。

「電車」本岡秀則(協力:社会福祉法人 愛成会) 「電車(部分)」(日本文教出版 2020年度版教科書『図画工作 1・2上』p.6) 「電車(部分)」

 ところが、一つ一つ見ていくと色、マーク、前照灯などが微妙に異なっていることに気づきます。電車とディーゼル車の違いも判別できます。「これはキハ283」「新幹線E2系」「485系のレッドエクスプレス」と、北海道から九州まで様々な電車が描き分けられているのです。列車の顔だけを広範囲に撮影した資料はないので、これを描くために相当な知識と経験が必要だったことが分かります(※5)。鉄道好きにはたまりません。
 昔は日本全国、似たような列車が通っていましたが、今、鉄道車両の色や形は実に多様です。それが本岡さんの能力を引き出すとともに、本岡さんの作品を楽しむ人々も生み出したのではないでしょうか。

3.個人とシステムは同時に発達する

 車両や線路など様々な資源が絡み合った鉄道というシステムは今も発達を続けています。それに並走するかのように、孫の能力が成立し、本岡さんの作品が生まれています。
 教育関係者は、よく単独で子どもの発達や成長を述べるのですが、発達や成長という現象は、子どもだけに起こるわけではありません。教育や社会のシステムも発達し、そこに関わる人々も常に更新されています。
 その証拠の一つは、「学びと美術」で紹介している児童画です。技術の発達や環境意識の拡張などを通して、子どもたちの絵は確実に変化しています(※6)
 もう一つは、ほかならぬ私自身です。まったく鉄道に興味のなかった私が、孫の発達や本間さんの作品について分かるようになったのです。「還暦すぎても、まだ成長できるかも?」そう思わせる鉄道のお話でした(いや、Nゲージ購入の言い訳でしょう、、、)。

※1:電車と蒸気機関車の併用。写真は昭和初期に南満州鉄道が開発したパシナ型蒸気機関車。最高速度120km/hで営業運転しました。もし、開通したら、このような列車が走っていたでしょう。
※2:当初は4時間でしたが、路盤が固まった1年後に3時間10分となります。
※3:週刊ダイヤモンド編集部『JR東傘下入りの旧東急車輛製造、1両1000万円のコスト減に成功した秘策』2018.10 https://diamond.jp/articles/-/181543
※4:Art Brut from Japan ヨーロッパ巡回展とは『本岡秀則(もっと伝えたい、アール・ブリュット。)【ポスター連動企画】』 http://www.artbrut.jp/news/2014/01/000042.html
※5:最近、電車の正面顔だけを集めた図鑑がベストセラーになっています。江口 明男『電車の顔図鑑 JR線を走る鉄道車両 旅鉄BOOKS』天夢人2017
※6:ドローンで撮影したような絵『学び!と美術 <Vol.72>』、幼児が遠足の体験を3Dで表した絵『学び!と美術 <Vol.76>』、生態的な意識の広がりを示す絵『学び!と美術 <Vol.77>』