学び!と美術

学び!と美術

全国大会と教師の学び
2018.08.10
学び!と美術 <Vol.72>
全国大会と教師の学び
奥村 高明(おくむら・たかあき)

 日本の先生は、よく学びます。各学校が自主的に行う校内研修にはじまり、教員研修センター等で行われる公的な研修、さらに教育団体の都道府県大会、地方ブロック大会、全国大会等…そこで得た「何か」を自分の明日の授業に結び付けています。本稿では全国大会を取り上げてどのようなことが学ばれているのかを検討します。

不思議な「主事ペン」

 赤と黒の2本のボールペンをテープでくっつけています。ずいぶん使い込まれ、テープは黄ばんでいます。二色ペンや三色ペンが販売されている時代に、どうしてこのようなペンをつくったのでしょう。
 「主事ペン」と呼ばれるこのペンは、2000年代前半ごろまで長野県で普通に見られました。用いていたのは指導主事や校長先生など、授業研究会で授業参観の後に指導講評や指導・助言をする人々です。彼らは、授業参観中に子どもの様子や教師の様子などを書き分けるために「主事ペン」を用いていました(※1)
 二色ペンや三色ペンは、色を変えるために一度持ち替えて指先でノックすることが必要です。このペンなら、クルッと回すだけで色を変えて書き分けることができます(※2)。彼らは、ペンを持ち替えるわずかな時間も惜しかったのです。
 主事ペンに出会ったのは長野県で行われた全国大会でした。長野県といえば信濃教育会に代表される教育県。このペンから、長野県の教師たちが子どもの事実を根拠に、指導の改善を導き出していたことが分かります。全国大会に参加して得られる財産は授業や研究発表からだけではありません。ちょっとした小物からその地域独自の教育メソッドが見つかります。

作品から見えるこれからの図画工作・美術

 図画工作・美術では、全国大会で作品展を同時開催することが慣例となっています。他教科と異なるのは、この作品展から今後目指したい学びの姿を見つけることができる点です(※3)
 先日行われた秋田大会の提案は「わたしを問い、発信する造形活動」でした。「問い」は、あまり図画工作・美術では聞かれない言葉ですが、これからの学びを考える上で重要です(※4)。秋田県造形教育研究会では、友達や材料などとの対話を繰り返しながら、子ども一人ひとりが主体的に「問い」を生み出し、これを発展させる深い学びを目指しました(※5)
 その姿が作品展でも確かめることができます。取り上げるのは6年生の『3階から見下ろした階段』です。これを見た人は思わず「自分もこうした」という体験を思い出すことでしょう。この子は、その奥行きや形の面白さなどを表すために、手すりを広がるように角度を変えて並べ、階段を次第に狭まるように重ね、さらに手を広げて声を出す友達を小さく置いています。
 おそらく題材の「問い」は「造形的な視点で見直したときに発見できる新しい日常」でしょう。新学習指導要領のポイント、『造形的な見方・考え方を働かせる』が説明できる作品だと思います。

「全国大会準備」という名の教育力育成

 全国大会はたいてい3年の準備期間があります。それは地域の先生を育て、お互いの授業力を高める貴重な機会になっています。
 来年の全国大会は愛知、その中核となる名古屋市教育会(※6)の名古屋市造形研究会では、毎年夏休み中に「夏の造形研修会」を開いています。研修会は模擬授業及び協議と教育講演会で構成されています。
 興味深いのは、小学校低・中・高、中学校、それぞれのチームで作成された指導案をもとに行われる模擬授業です。
 先生役は「ここがまだ検討中ですが……」「この指示の意図は……」などの解説も加えながら授業を進めます。参加者は子ども側から学習内容を体験し、その後の協議で意見や改善点を述べます。
 指導案は机上の空論になりがちです。授業を実際行うことで題材の妥当性や発達への適切性などは検討できます。でも、子どもを実験台にはできません。そこで模擬的に授業を行うことで、適切な授業に昇華させようとします。また、模擬授業では、先生の声の大きさ、指示の明瞭さなど、教師のスキルも検討されるので、教員養成の研修としても役立ちます。
 全国大会では、どのように大会準備を行ったか、研究会をどう運営したかなども報告・発表されます。大会を通した教育力向上の試みは、全国大会で得られる貴重な情報の一つです。

 全国大会からは、地域独自の教育メソッド、作品に実現された学習、大会で育つ教育力などについて学ぶことができます。それぞれの地域に帰った参加者は、一人ひとりが起点になって、地域の教育力を高める存在となります。この一連のプロセスこそ日本が誇れる財産だと思うのです。

 

※1:「主事ペン」とは呼ばれていませんが、20~30年前秋田県でも同様なペンを作製し多くの先生が用いていたようです(秋田県関係者談)。
※2:2、3色ペンよりインクが長持ちし、なくなると中身だけ交換しやすいという利点もあるようです(同上)。
※3:時折、大会発表と作品展の内容に不整合もありますが、秋田大会では研究発表と実際の作品が見事に一致していました。
※4:参照:学び!と美術 <Vol.68> 「問い」から考える「主体的・対話的で深い学び」
※5:新学習指導要領では、子ども自身が自分の発揮した資質や能力を自覚することが重要です。秋田大会では、その機会がポートフォリオや振り返りなどで確保されていたことが高い評価を受けていました。
※6:名古屋市教育会の前身は1881年創立の名古屋区教育会です。1900年に名古屋市教育会となり、戦時中の教育諸団体の統合を経て、1948年に名古屋市教育会として活動を再開します。『名古屋市教育史Ⅰ 近代教育の成立と展開(明治期~大正中期)』『名古屋市教育史Ⅱ 教育の拡充と変容(大正後期~戦時期)』『名古屋市教育史Ⅲ 名古屋の発展と新しい教育(戦後~平成期)』名古屋教育史編集委員会