学び!とESD

学び!とESD

持続可能な未来へのテラ・カルタ
2022.08.18
学び!とESD <Vol.32>
持続可能な未来へのテラ・カルタ
永田 佳之(ながた・よしゆき)

マグナ・カルタからテラ・カルタへ

 1215年、マグナ・カルタ(大憲章)がイングランド王国で承認されました。専制君主に苦しむ人々が自らの権利を国王に認めさせた、人権史における画期的な憲章です。普遍的な人権の基礎を築いたと言われるこの憲章の誕生から800年以上の時を経た現在、諸々の権利は人間だけでなく自然にも付与されるべきである、と英国のチャールズ皇太子は力説していることに注目したいと思います。
 チャールズ皇太子がこうした構想をテラ・カルタ(Terra「地球」 Carta「憲章」)と名づけて公表したのは2021年1月のワン・プラネット・サミットでした。その前年1月のダボス会議で皇太子は「持続可能な市場イニシアティブ(Sustainable Markets Initiative: SMI)」を立ち上げ、持続可能な未来に向けて世界のCEOや民間企業が力を結集するように呼びかけています。SMIを更なる推進へと導く提言として生み出されたテラ・カルタは、皇太子によれば、人間によって壊されつつある「地球のリカバリープラン」なのです。
 テラ・カルタ誕生の背景には、国家に負けず劣らず地球温暖化の責任を担うべきグローバル企業をはじめ、民間セクターの本格的な協力なしには救いの道はない、という英国王室の判断があるようです。テラ・カルタは、SDGsの実現を政府や国連まかせにするのではなく、急成長するグローバル企業をはじめとした民間を巻き込みながら、持続可能な未来への展開を一気に加速させるための王室戦略であると言えましょう。

自然を経済活動の中心に

 テラ・カルタはマグナ・カルタと同様に複数の条項から成っています。全体の構成は3部(第1~10条)の構成から成りますが、各々の標題と概要は次のとおりです。

  • 第1部「未来を再想像する」(第1~3条)
    第1条「サスティナブルな産業の創造」
     グローバルな価値創造の中心に置かれるべき「自然と人々と地球」
    第2条「デフォルトとしてのサスティナブル」
     ビジネスモデルや意思決定、行動の前提条件としての持続可能性
    第3条「消費者のパワー」
     持続可能な市場に対して人々がもつボトムアップの力
  • 第2部「ネット・ゼロ及び自然重視への移行に向けた再設計」(第4~5条)
    第4条「産業界のロードマップの促進・調整」
     2050年までに脱炭素の目標を達成する流れの加速
    第5条「ゲームを変革する主体とそのバリア」
     新たな産業構造を変える技術やソリューションの促進と阻害
  • 第3部「持続可能な投資に向けて再びバランスを取り戻す」(第6~10条)
    第6条「持続可能な投資」
     持続可能性のための新たな資産や資金の調達
    第7条「経済の真のエンジンとしての自然」
     サーキュラー・バイオエコノミーやエコツーリズムのように自然の有限性を前提とした経済活動の在り方
    第8条「市場のインセンティブの創造」
     持続可能な市場を想定した税や政策や規制
    第9条「共通のメトリックスや標準の活用」
     SDGs関連の投資を強調したESGなどの世界標準化
    第10条「科学・技術・イノベーションの変化の促進」
     持続可能な未来へのブレークスルーを促進するための研究と開発などの更なる促進

 以上から、社会のあり方を従来の地球資源の無限性を前提とした成長型から、その有限性を前提とした持続可能な開発型へと本格的にシフトさせていくような変革であることが分かります。チャールズ皇太子の言葉を借用すれば、テラ・カルタは「持続可能な未来へのロードマップ」なのです。

試される本気度と教育の可能性

 テラ・カルタの背景には、チャールズ皇太子の自然界に見られる「ハーモニー原則」という思想があります(「学び!とESD」Vol.01Vol.12Vol.13 参照)。現在、私たちが直面する地球規模課題の解決のために、自然界に見出されるハーモニーの諸原則、すなわち「循環」や「多様性」「相互依存」等々の智慧から学び、科学や技術、デザインや生産活動に活かすべきであるという思想です。テラ・カルタはこうした思想に裏打ちされた憲章なのです。
 テラ・カルタを支持する「サポーター」は現在、400社以上に上り、地球の持続可能性にコミットすることが期待されています。具体的には、地球規模の気候、生物多様性、健康を脅かす問題に対して行動すること、人々の健康をはじめ地域や経済、地球資源(土や空気や水)の健康を回復すること、脱炭素社会を2050年までに、できればさらに早期に実現すること、などが目指されるべき努力の方向性です。
 グローバル化の時代においては、地球温暖化に大きく加担しているグローバル企業をはじめとする民間の活動の影響力を無視できないことは明らかです。おそらくその勢力は今後も増していくことでしょう。テラ・カルタはこうした趨勢に対して再考を迫り、経済活動の中心に「自然・人々・地球」を据えることを提唱するチャレンジであると言えます。
 しかし、こうした「覚悟」を経済活動の基軸に据えた企業はどれほどあるのでしょう。わずかな例外として、パタゴニアのように「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」ことを公然と標榜する企業はありますが、そこまでの倫理的なスタンスもしくは生きざまをどれほどの企業が打ち出せるかは未知数であり、サポーターを表明したグローバル企業はその本気度が問われていると言えるでしょう。
 気候危機の脅威が迫る中、そんな気長なことは言っていられない、とお叱りを受けるのを承知で言うならば、上記のような倫理は中長期的に育まれてこそ、持続可能な形で社会にしっかりと根付くと言えましょう。ESDのチャレンジもこの点に見出されます。持続可能な社会の基盤をつくるにはまずは幼児期からの育みが重要であり、次号では、このテラ・カルタのスピリットを受け継いだ絵本を紹介します。

【参考文献及びURL】